日本人にとっては寿司や刺身で馴染み深いマグロが、近年、米国やアジア諸国でも人気の食材となっている。2007年に合計8万トン強だった海外での生鮮マグロの消費量は、2011年には15万トンに増えているという。
こうした需要の高まりに比例して、漁獲量も増加。水産庁の調査によると、世界のカツオ及び主要マグロ属6魚種の合計総漁獲量は、2018年には過去最高の531.5万トンに達した。一方で、違法漁業や過剰漁獲が横行しており、水産資源の枯渇が深刻化している。さらに、マグロ漁の主な漁獲方法である延縄漁・まき網漁において、目的外の生きものを誤って捕獲してしまう「混獲」が生態系に及ぼす影響も大きい。
近年では乱獲や混獲、その他の違法漁業に対して、各国政府は厳しい漁獲割当量を設けて漁業活動を制限しており、クロマグロの価格が高騰する一因ともなっている。例えば、主に日本の高級レストランで食べられるトロの刺身は、世界中の高級寿司店でも提供されているが、1キロで100米ドル以上するケースもあるという。
こうしたマグロを取り巻くさまざまな問題を解決するために、世界各国で代替シーフードの開発が盛んになりつつあるなか、「スタートアップ大国」として知られるイスラエルで、新たな技術を活かした食材が発表された。
イスラエルのスタートアップ企業「Wanda Fish(ワンダフィッシュ)」は2024年3月20日、同社初の「養殖クロマグロのトロ刺身」を開発したと発表。この試作品により、一貫した安全品質で持続的な供給が可能となれば、急増するクロマグロの需要にも対応できるだろう。
生のトロは魚の下腹部にあたり、脂肪の含有量が最も多いうえに、オメガ3のレベルも高い。そのため、脂の乗った独特の味わいが生まれ、最も柔らかくて好まれる魚の身となっている。こうした天然のトロ刺身と同じ特徴を持つのが、Wanda Fishで細胞培養されたトロ刺身だ。特にタンパク質とオメガ3脂肪酸など、栄養価も同じく豊富に含んでいるという。
Wanda Fishの細胞培養による3Dフィレは、クロマグロ自身の細胞から作られた筋肉と脂肪の細胞塊と、植物由来のマトリックスを組み合わせている。製造にあたって、同社で特許出願中の技術を用い、クロマグロの細胞に天然脂肪を形成するよう誘導。その後、ホールカットする工程では、迅速かつ低コストで容易に拡張できる生産方法を採用している。独自技術で形成された脂肪は、本来のトロに近い食感だけでなく、豊かな風味とオメガ3を含む必須栄養素を与えるという。
この細胞培養クロマグロについて、共同設立者兼CEOであるDaphna Heffetz博士は「野生の魚に非常によく見られるマイクロプラスチックや水銀、その他の化学毒素は含まれていません」と説明。また、研究開発担当副社長であるMalkiel Cohen氏が「保存料や人工添加物、遺伝子組み換え作物を使用せずに生魚の切り身の本質を再現している」と語っていることから、安全性の高い代替シーフードといえるだろう。
アジアン料理の人気が高いイスラエルでは、寿司レストランや寿司バーなどが次々と開店している。約700万人の人口に対し、寿司を提供している飲食店は300軒をのぼると言われている。
Wanda Fishでは日本料理に注目し、まずは高級な外食産業の分野で細胞培養クロマグロを導入したいとしている。天然のものに味と食感が匹敵する代替シーフードは、食品ビジネスにおいて魅力的な製品だ。同時に、魚介類を保護し、絶滅のリスクを減らすこともできるだろう。日本でも今後、こうした食材が新たな選択肢として加わることになるかもしれない。
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