
世界の人口は年々増加しており、2022年7月公表の「世界人口推計2022年改訂版」によると、2050年には97億人にまで達する見通しだという。必然的に食料の需要が高まるなか、特に動物性タンパク質の主な供給源である畜産物の供給量が不足し、「タンパク質危機」に陥る事態が懸念されている。
そこで近年、食肉の新たな選択肢として注目を集めているのが、培養肉だ。培養肉とは、鶏や牛などの家畜の細胞を体外で組織培養することによって得られる肉のこと。家畜を飼育するよりも温室効果ガスの排出量や使用する水量、土地面積が少なく、地球環境に与える負荷が低いという点で、サステナブルな技術といえる。また、家畜をと殺せずにすむため、アニマルウェルフェアの考え方にも当てはまる。
各国政府や企業が培養肉の研究開発に取り組む一方で、新たな食の選択肢が増えることで、それを選ぶべきか迷うこともあるだろう。
そうしたなか、世界最古のヴィーガン組織である「The Vegan Society」は、2024年11月に「培養肉はヴィーガンではない」とする研究報告書を発表した。この報告書では、培養肉の製造プロセスがヴィーガンの倫理的基準に反すると指摘されている。
The Vegan Societyは1944年にイギリスで設立。「ベジタリアン」の最初と最後の文字から「ヴィーガン」という言葉を生み出した。また同協会は、ヴィーガン主義について「食用、衣類、その他の目的での動物の搾取や虐待を、可能な限り排除しようとする哲学と生き方。さらに、人間、動物、環境の利益のために、動物を使わない代替品の開発と使用を推進する。食事の観点では、動物由来または一部由来の製品をすべて避ける習慣を意味する」と定義している。
今回の研究報告書では、培養肉をめぐる現在の議論において、細胞を抽出された動物の存在が「ほぼ完全に欠如している」と指摘。「生検後の動物のその後は不明だ。おそらく、他のほとんどの畜産動物と同じ運命をたどるのだろう」と述べている。
そもそもThe Vegan Societyは、人間の優位性という認識に基づいて動物を組織的に抑圧し、不当に扱う種差別主義と闘う立場を示している。だからこそ「この技術の可能性に惹かれる菜食主義者がいることは理解できる。しかし、私たちの方針が明確にしているように、培養肉は菜食主義者でもなければ、動物の利用と搾取の惨状に対する万能薬でもない」と言及している。
そして、同団体が培養肉をヴィーガンではないとする理由には、プラントベース(植物性)フードのようなより優しい代替品の存在も挙げられる。培養肉や実験室で培養された肉に由来しないヴィーガン向けの代替品は、今や決して珍しくない。
一方で、The Vegan Societyは培養肉が食糧危機や環境保護、アニマルウェルフェアにもたらすメリットを認めている。その上で「急速に変化する分野であることを理解しており、引き続き検討していく」と議論の余地を残した。
2024年だけでもイスラエルやイギリス、シンガポール、香港など世界各地で培養肉の製品が認可された。今後ますます培養肉の研究が進めば、市場拡大の波は日本にも及ぶと考えられる。ヴィーガンを含めたフードダイバーシティへの配慮は欠かせないが、日本の食品業界や飲食店でも培養肉に対する見解を改めて検討してはどうだろうか。
【関連記事】日本政府、培養肉の普及に向けて産業育成に取り組む姿勢を表明
【参照サイト】 The Vegan Society:Key facts
https://www.vegansociety.com/about-us/further-information/key-facts
【参照サイト】 CULTURED MEAT
https://www.vegansociety.com/sites/default/files/uploads/downloads/Cultured%20Meat%20Research%20Briefing.pdf