高齢化は、日本社会が直面している深刻な問題のひとつだ。内閣府が発表した「令和5年版高齢社会白書」によると、2070年には国民の2.6人に1人が65歳以上となる社会が到来すると推計されている。高齢化率が年々上昇するなか、高齢層はもちろん、その支えとなる若年層にも配慮した社会を目指すことが重要なのではないだろうか。
そこで、高齢化に対する持続可能なアプローチの一例として、イギリスで行われている取り組みに注目したい。
1972年に設立された「マンチェスター・カメラータ管弦楽団」は、イギリス・マンチェスターをはじめ世界中で演奏活動をしている登録慈善団体だ。同楽団は、2012年よりマンチェスター大学の研究者と提携し、音楽療法に基づく技術の開発と改良を進め、認知症患者のためのプログラム「Music in Mind」を確立させた。
Music in Mindでは、音楽を通じて日常的に認知症をケアするとともに、患者とその介護者の生活をサポートすることを目的としている。マンチェスター・カメラータ管弦楽団によると、実際に音楽セッション参加者のうち90%がコミュニケーションの増加、不安やフラストレーションの軽減を経験したという。
2024年5月、マンチェスター・カメラータ管弦楽団とアルツハイマー協会から100万ポンド以上の資金提供を受け、グレーター・マンチェスター地域を音楽と認知症に関する包括的な研究拠点とするプロジェクトが立ち上がった。
そして10月15日より、グレーター・マンチェスターの10区全てで、認知症患者のための音楽カフェがオープン。毎週、各自治区にあるコミュニティ・センターや教会のホール、認知症サポートグループにて開催されている。例えばGorton修道院、RochdaleのThe Strand Community Hub、OldhamのPrimrose Centreなどだ。
音楽カフェでは、Music in Mindプログラムに基づいて「その瞬間」の個人に適したケアを提供する。また、認知症患者と介護者は、さまざまな打楽器を使った音楽制作セッションに無料で参加可能。音楽の経験がなくても、自分自身を表現し、周囲と共有する機会を得られる。こうした言葉を使わない新たなコミュニケーションを体感できるところが、音楽カフェの大きな特長といえるだろう。
さらにグレーター・マンチェスターにおけるプロジェクトでは、対面やオンラインでのトレーニングによって、300人以上の一般市民をミュージック チャンピオンとして育成。将来的に、独自で音楽カフェを運営できる体制作りにも取り組んでいる。ミュージック チャンピオンとなるのに、音楽の才能や特別な資格は必要ない。介護従事者から地域の福祉ボランティアに至るまで、誰もが認知症患者のサポーターとして活躍できるように考えられている。
現在、イギリス国内の認知症患者は約90万人に及び、介護費用として367億ポンドかかっている。さらに2040年までにそれぞれ160万人、941億ポンドまで増加すると予想されている。そうしたなかでMusic in Mindを推進し、認知症患者の健康状態を改善できれば、医療福祉にかかる費用の縮小も見込めるだろう。
持続可能な社会を実現するための国際目標であるSDGsには「誰一人取り残さない」という理念が反映されている。イギリスの音楽カフェが認知症患者と介護者の双方をケアしている点は、SDGsの考え方に当てはまるだろう。同時に、一般市民をサポート要員に育てる工夫は、11番目の目標「住み続けられるまちづくりを」にもつながるといえる。
日本でも、これからの社会において、国全体で持続可能な医療福祉のあり方を模索していく必要がある。飲食店やホテルだからこそ可能な支援のかたちについて、考えてみてはいかがだろうか。
【参照サイト】Music in Mind
【参照サイト】Music in Mind | The Latest Research & Statistics
【参照サイト】Music Cafés Launched across all ten boroughs of Greater Manchester as part of our national Centre of Excellence for Music and Dementia – Manchester Camerata
【参照サイト】The new Greater Manchester music cafes that are having a ‘real transformation’ on people – Manchester Evening News
【参照サイト】内閣府:高齢化の現状と将来像|令和5年版高齢社会白書(全体版)