2021年9月、東京都内に複数の店舗を持つ魚屋「sakana bacca(サカナバッカ)」が、とあるパスポートを発行した。
名前は「江戸前フィッシュパスポート」。パスポートといっても、対象は人ではなく魚だ。ブロックチェーン技術を活用し、漁獲から売り場に並ぶまでの経路を「見える化」するものである。買い物客はQRコードを読み取ることで「誰が・いつ・どこで漁獲した魚で、どのように自分の手元まで届けられたのか」といった情報を知ることができる。
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今も、スーパーで販売されている魚には水揚げされた水域や水揚げ港などが表示されているが、なぜ、より詳細な情報の見える化をはかったのだろうか。sakana bacca事業部部長の渡邊陽介さんに話を聞いた。
パスポートが生まれた背景とは
「江戸前フィッシュパスポート」は、sakana baccaを運営する株式会社フーディソンをはじめとする11社からなる協議会「Ocean to Table Council」によって開発された。協議会には、複数の漁業者やIT企業などが参画しており、ブロックチェーンやIoT技術などを活用して“サステナブルな漁業”の実現を目的としている。
こうした動きの背景には、水産資源の減少問題がある。世界全体をみると、1974年には約9割ほどだった「健全な資源状態にある水産資源」は約7割弱にまで減少、乱獲状態にある資源は1割(1974年)から約3割にまで増えた(※1)。日本の漁獲量もピーク時(1984年)の3分の1以下にまで減少している(※2)。減少の原因としては、資源管理を怠ってきたことや気候変動による影響、従事者の減少などがあげられる。
問題解決のために、適切な資源管理を行う漁業者やそうした魚を販売する流通・小売業者も少しずつではあるものの増えつつある。また、MSCやASCなどの水産エコラベル認証がつけられた魚を見かける機会も増えてきた。しかし、認証によって「どのように獲った魚か」は分かっても、誰が、いつどこで獲ったのか、までは分からない。もしそこまで伝えられれば、正真正銘“由緒正しい魚”であることを証明でき、消費者の信頼を得ることができるのではないか。sakana baccaはそんな海(Ocean)から食卓(Table)までをつなぐ協議会の壮大な挑戦に共感し、「消費者に接点を持つプレーヤー」として参画したという。
2021年9-10月の実証実験でわかったこと
2021年の9月から10月にかけて、sakana bacca 中目黒と豪徳寺では、実際にパスポートを付けた魚を販売する実証実験「江戸前フィッシュパスポートフェア」を開催した。販売したのは、江戸前(東京湾)で資源管理を実践し、「100年間存続できる漁業」をめざして持続可能な漁業を推進する株式会社大傳丸、有限会社中仙丸が漁獲したスズキ。
実際に販売したところ、説明をすると関心を持つ人は多く、店員と買い物客がコミュニケーションを取る機会になった。
一方、課題も見つかった。日々の買い物には時間をかけない人が多いため、スマホをQRコードにかざして情報を読み取る、というアクションまで起こす人はあまり見られなかったという。また、通常QRコードは魚一匹ごとに発行するが、魚を切り身にした場合は、それぞれに添付する作業が必要になるなど、オペレーションの負担も見えた。
確かに最近、店頭で生産者情報やレシピを紹介するQRコードを見かけることも増えたが、筆者の日頃を鑑みても、買い物の最中にスマホで情報を読み取る習慣がなく、せっかく提供された情報を受け止められていないことも多い。とはいえ、活用しなければ、貴重な情報が再び提供されなくなるという状況にもなりかねない。
トレーサビリティを当たり前に
今後、江戸前フィッシュパスポートが普及していくためのカギはあるのだろうか。
渡邊さんはこの点について「当たり前の世界にしていくこと」が重要とみている。つまり、社会的にトレーサビリティやサステナビリティの取り組みが当たり前になれば、江戸前フィッシュパスポートも基本的なインフラとして活用されていく可能性がある。
また、サステナビリティにおいて信頼あるブランドが、トレーサビリティの確認のシステムを持っていることが「当たり前」になれば、消費者は気になった時だけ確認すればいい、という状況をつくれる。
ただ、こうした「当たり前」をつくっていくには、多様なセクターの長期的な参画が欠かせない。その意味では今回、「漁業者、IT企業、そして消費者との生きたコミュニケーションポイントである魚屋として参画できたのはよかった」と渡邊さん。
水産業の「見える化」はまだはじまったばかり。「江戸前フィッシュパスポート」が「当たり前」になるかどうか、その一端は私たち消費者も担っている。今後の予定は未定だが、もしお店で見かけることがあれば、スマホをQRコードに「かざす」、という応援から始めてみてはいかがだろうか。
※1 国連食糧農業機関(FAO)「世界漁業・養殖業白書2020」
※2 農林水産省「漁業・養殖業生産統計」
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【参照サイト】sakana bacca
Edited by Kimika
本記事はIDEAS FOR GOODの転載記事です。