軽井沢は都心から気軽に行ける距離にありながら、自然を感じられるリゾートとして、昔から日本人に愛されてきた。軽井沢の森林は人工林と原野林が混在していることが特徴的だが、それには歴史的背景がある。

1783年の浅間山噴火により一時は多くの森林が消滅したが、戦後に植林ビジネスが行われ、カラマツなどの人工林が植えられた。ところが、1960〜1970年代にかけて、輸入の自由化が進んだことによって海外から安い木材が入ってくるようになり、植林された木々のうち特に山奥のほうは伐採されることなく放置されたままとなっていた。

古くなった木はしっかりと根が張れず土砂災害を引き起こすリスクも高まる上、日光を遮ることで森林の生態系を崩してしまう要因にもなる。また、二酸化炭素を吸収する力が低下していくので、気候変動のペースを速める一因にもなってしまう。伐採したとしても、ねじれやすく建材としては不向きなカラマツ。樹齢が長くなることでますます痩せ細り、活用が難しいとされていた。

不健全な状態になってしまった里山を保全するために人工林を伐採しなければならないが商材にならない木を切っても赤字になる一方。そうした中、里山を想う気持ちと、食への好奇心から「木を食べる」ことに挑戦したのが「木(食)人」だ。

今回のインタビューでは、プロジェクトオーナーである日本草木研究所の古谷知華さんと、TŌGE の上野有里紗さんにお話を伺った。

話者プロフィール:古谷さん

日本草木研究所の調香師でありプロデューサー。日本草木研究所は軽井沢・岐阜・高知をはじめ各地に研究拠点を持ち、全国の里山に眠る植生の「食材としての可能性」の発掘を行い、収集・記録・発表を繰り返す。目指すのは、海外のスパイスやハーブが日々の食卓に並ぶように、日本の木々や名も知れない野草たちが食に当たり前に関わる日常の実現。日本の原始的な食用植物資源の価値化は、地方産業の活性化や持続可能な食材供給、新たな国際競争力にも繋がっていくと考える。

話者プロフィール:上野さん

建築家であり、TŌGE共同代表。TŌGEは、東京から程ない移動距離にあり、人工林と原野林が混在する軽井沢という文明的自然のなかで、「人・自然・人工物」がおり混ざった暮らしを探求する実験場。暮らしを「育」「食」「住」に分解し、自然教育プログラム(育)やフードプロダクトの開発(食)、アーティストインレジデンス(住)など、様々なプロジェクトを企画・実行している。

里山を拠点として活動してきた二団体の思いが一致

日本草木研究所は日本中の里山に入り、食材としては未利用の植物を探し、新たなハーブやスパイスとしての価値を見出す研究機関だ。一方で、TŌGEは軽井沢の離山を拠点に「食・育・住」をテーマにさまざまなプロジェクトを企画し実施している。双方の団体が「木を食べる」ことに関心があった中、古谷さんとTŌGEのもう一人の代表である立石さんが元々ご友人だったことがきっかけで、ブランド「木(食)人」がスタートした。

上野さんは里山を適切に管理し健全な姿を取り戻したいという想いから、10年ほど前から、ランドスケープデザイナーのアドバイスを受けながら、軽井沢のほぼ中心部にある離山の人工林の一部を間伐し、土地の野草や他の植生を再生していく活動をしていた。伐採した木の活用方法について上野さんは、
「間伐材を建築関係の人に卸すこともありましたが、非常に限られた使用用途だと感じていました。このブランドは「木を食べる」ことへの好奇心から生まれましたが、木を食に変換することで、専門職の方だけでなく、日本中の食卓に届けられるという点が魅力だと思います。」と話す。

一方で、古谷さんの活動の原動力は「食への探究心」によるところが大きいのだという。
「里山に入って新たな食材を探す中で、木が放置されていたり、ただ雑木林になっていたりする現状を目の当たりにしました。まだ食材として活用されていない可食植物は私たちにとって宝物です。木(食)人を通して、山にはたくさんの美味しい食材があるんだということを他の人にも知ってもらうことで、結果的に山の循環や保全に繋がればと思っています。」

どこまでもリアルを追求する、「木を飲む」という新体験

「木(食)人」では木の香りを抽出したフォレストソーダと、トニックやほうじ茶など、好きな割り方を楽しめるフォレストシロップを2021年8月から販売開始した。木を蒸留して香りを抽出したり、砂糖で煮込むことによって浸透圧をかけてエキスを抽出したりする製造工程の中でのこだわりを古谷さんに伺った。

「森に入った時に感じるフレッシュさ、リアルさをいかに保つかというところにこだわっています。木を切った瞬間は、本当にむせ返るほどの香りがするんです。でも、その香りは木の外に出た瞬間からすぐに消えてしまいます。木の香りの持つ青臭さまで再現したいと思っていますが、飲み物にする上で火入れは必須。香りのフレッシュさや純度を保つのは難しく、私の中ではまだまだ完璧だとは思っていません。これからもレシピを改善しながら一番美味しい形を探していきたいです。」

フォレストソーダとフォレストシロップの原材料は砂糖を除いて95%以上が軽井沢で採れる香木だ。木に含まれる「フィトンチッド」という香り成分は、シトラスやベリーの様に華やかで爽快、そして甘い香りがする。研究では、精神安定効果が期待できるとも言われている。香りに癒やされ、味が美味しいことは実証できたが、化学的な有用性まで検証したいという古谷さん。

「現在、芳香成分についてはある程度わかってきています。ただ、その成分がどれくらいの分量があった場合にどのような効能があるかはまだわかっていません。具体的な研究は期間も費用も要するので、今後の課題となっています。」

古谷さんによると第二弾もすでに進み始めており、ゆくゆくはお酒の開発にも着手する予定だ。

食やサステナブルという枠を超えた、新たなジャンルとして

フォレストソーダ・フォレストシロップ発売のプレスリリースを発表してから2ヶ月余りが経った、その反響を上野さんに伺った。
「国内外のさまざまな企業やメディアから問い合わせがあります。サステナビリティや食といった観点だけでなく、『木と人の関係性を見直す』というアイデアが評価されていて、新しいジャンルとして注目されているようです。」

実際に商品を飲んだ方からは「都心にいても森に囲まれている気分になれた」「リフレッシュできた」などの声が届いているという。SNSなどで一般の方からのコメントが多く寄せられる中、プロフェッショナルからも嬉しい反応があったという古谷さん。

「メニュー開発のために日々新しい材料を求めているバーテンダーの方が、木(食)人を知って、今までにない面白い飲料だと評価してくださいました。そういった玄人の方々のインスピレーションの源となっているのが嬉しいです。また、新たなジャンルに挑戦したことが間違っていなかったのだという自信に繋がりました。」

現在、積極的に営業活動は行なっていないものの、軽井沢のリカーショップや東京の飲食店で採用されており、今後は軽井沢の飲食店にも広める活動をしていく予定だ。「木(食)人」のストーリーに共感してくれる飲食店で採用されることが理想だとお二人は話す。

「飲食店の方たちも食に対して日々真摯に考えていると思います。木を食べるということについて、それぞれの解釈を交えながら、お客さまに伝えていただくことで新たなコミュニケーションが生まれるのではないかと思います。」

里山を守りたい気持ちは、義務感からではなく内側から

里山を管理する過程で採られる木をアップサイクルしている「木(食)人」。改めて、環境に対するお二人のお考えを伺った。

上野さん「管理されていない山が日本各地にあるということがわかってきて、問題意識を持つ人が多くなってきていますが、木を切らなくてはならないという義務感だけではなかなか物事はスムーズに進みません。私たちの場合、木を使って何か作りたいというモチベーションに突き動かされることで実行に移すことができました。間伐をしなければならないから木を切る、という考え方ではなく、好奇心をもって森と向き合うこと、またそれがなにかしらの経済的持続可能性のある活動にまで結びつけば理想的だと木(食)人の立ち上げを通じて感じています。そうした活動が各地で行われることで、日本中の里山が元気になればと思います。」

古谷さん「環境問題について考えなくてはいけないという雰囲気があり、押し付けられていると感じている人もいると思います。里山に関していえば、土砂崩れやそれによる事故などのマイナス面ばかりを懸念して、山を管理しなくてはならないという風潮があります。もちろん、その点も重要ですが、人間は義務感だけで動けるものではなく、楽しいから大切にしたい、嬉しいから大切にしたい、など感覚的に動いていることも多いと思います。私の場合、山で食材を採取する際に、この食材が将来手に入らなくなったら嫌だなという気持ちになることがあります。それはビジネスとして成り立たなくなるからというより、植物に対する愛おしさからくる感情だと思います。

自然は本当に美しくて尊いもので、一度失ってしまうと人間の手で取り戻すことができるものではありません。だからこそ、たくさんの人に山の大切さを実感してほしいです。最近ではキャンプやサウナが流行するなど、自然との距離が縮まっていたり関わり方が変わってきたりしています。木(食)人のドリンクも、東京で飲んで終わるのではなく、多くの人が山に足を踏み入れるきっかけになればといいなと思っています。TŌGEさんが主催している参加型のプロジェクトなどもそうですが、山で自然を感じる機会が増え、純粋に山の魅力に気づくことで、山を思いやる気持ちが生まれれば良いなと。」

編集後記

取材前は木(食)人の商品を「山に悪影響を及ぼす間伐材を有効活用したサステナブルな商品」と捉えていたが、お二人それぞれの山への想いを伺い、人々の気持ちを動かして里山保全に貢献するもっとスケールの大きな商品だということを知った。また、純粋に山が好きで、大切にしたいという気持ちに突き動かされて、ブランドを立ち上げたという話から、SDGsやサステナブルという言葉が一人歩きしている現実があるということにも気付かされた。使命感から行動することも必要だが、自分自身の好奇心や純粋な「好き」という気持ちなど、ポジティブな想いを原動力とするほうが、生み出されるものは大きく、継続性もあるのではないだろうか。

フォレストシロップを飲んだ際、森の中にいるというより切りたての木に包まれているような不思議な感覚があったが、商品開発のこだわりを聞いて納得がいった。この新感覚をさらに追求していくという木(食)人の今後の活動からも目が離せない。

【参照サイト】日本草木研究
【参照サイト】TŌGE
【参照サイト】「木を飲む」という新体験 、木の食用化を目指すブランド「木(食)人」ローンチ

table source 編集部
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table source 編集部では、サステナビリティやサーキュラーエコノミー(循環経済)に取り組みたいレストランやホテル、食にまつわるお仕事をされている皆さまに向けて、国内外の最新ニュース、コラム、インタビュー取材記事などを発信しています。
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