ストーリーは「おいしさ」にのせて。仏・北欧で学んだ1つ星シェフが届ける、ここにしかない一皿【持続可能なガストロノミー#8】

「すべてのメニューをここでしか食べられない料理にするんだという気概です。すべてストーリー性のある料理を提供したいと思っています」

料理への想いを熱心に語るのは、霞が関にあるミシュラン1つ星レストラン「L’ARGENT(ラルジャン)」のオーナー、加藤順一(かとう・じゅんいち)シェフだ。フランス、デンマーク、そして日本で培った経験を活かし、独自性の高いメニューを届けている。また、サステナブルな生産過程でつくられたキャビアをいち早く取り入れるなど、サステナビリティと食の分野の第一人者としても知られる。

Social Food Gastronomy(ソーシャルフード・ガストロノミー)を提唱し、活動を広げる杉浦仁志シェフが、食の分野におけるサステナブルな未来を目指すキーパーソンを紹介し、これからの食の在り方を社会に伝えていく連載「持続可能なガストロノミー」。第8回となる今回とりあげるのは、加藤シェフだ。

「L’ARGENT」が誕生するまでの歩みと、現在取り組んでいるサステナブルなアクションを余すことなくお届けする。

「食材のもっとも良い部分を選ぶ」価値観が食材の大量廃棄に

加藤シェフは料理の腕を磨くため、2009年にフランスへ。あるとき、一流ホテルの中にある三つ星レストランで研修を受けることになった。そこで食材の大量廃棄を目の当たりにして、衝撃を受けたという。

「研修を受けたレストランでは、使わない食材を大量に捨てていたんです。たとえば、フォアグラのステーキは一番形の良い部分だけを使って、あとは廃棄。なぜなら、食材の一番良い部分を使った料理を提供するのが三つ星という価値観だからです。元々、フランス料理というのは、貴族たちが自分はどれだけ良い料理人を抱えているかを国王に見せつけるために、予算をどんどんつぎ込んで料理を贅沢なものにすることで発展してきました。だから、『食材の一番良い部分だけをゲストのために選んで調理する』という価値観なんです」

「『余ったフォアグラを活用した別のメニューを出さないのか』と思うかもしれませんが、『フォアグラのステーキは、すでにシェフが一番ベストだと思う形でつくっている。ベストとは呼べない部分を使った料理でお客さんが満足するのか』という価値観があるので、別のフォアグラのステーキはつくれません。ステーキ以外の形で提供するとなったら、フォアグラを加工する必要があります。加工するとなると工程も増えるため、人件費が増えるし材料費も余計にかかります。だから『それなら、別のメニューをつくるよりも捨てた方が良くない?』という考えになるんです」

杉浦シェフと加藤シェフ

一方で、同じフレンチレストランであっても、加藤シェフが修行した和歌山にある「オテル・デ・ヨシノ」やパリの「アストランス」では食材の廃棄に厳しく、大根やセロリの葉を捨てることも許されなかった。だからこそ、大量廃棄を目の当たりにして複雑な心境だったという。

「自然なまま」の料理に衝撃を受け、北欧へ

加藤シェフの料理はフレンチでありながら、北欧のテイストも入れることで独自性を高めている。北欧料理のエッセンスを取り入れるきっかけになったのは、フランスから帰国する直前で見つけた一冊の本だった。

「料理の世界では、ずっとフランスが一番だと思っていました。逆に、北欧料理はあまりよくわかっていませんでした。地図で北欧がどこかすらあいまいだったくらいです。しかし、北欧料理を本で見たとき、なんて自然なんだろうと思ったんです。フランス料理は自然なものを不自然なものに変える料理です。たとえば、食材を四角くカットするなら完璧な四角を目指します。一方で、北欧料理は自然のまま。曲がった食材もそのまま使っていました。それがすごく新鮮に映って、行ってみたいなと思うようになりました」

「調べていると、北欧の中でもデンマークでは自分でもワーキングホリデーができることを知ったんです。ダメだったらワーキングホリデーの『ホリデー』の部分だけ楽しんで帰ってこようぐらいの勢いで、デンマークのコペンハーゲンに向かいました」

加藤シェフ

当時、お金もそれほどなかったという加藤シェフは働き先を見つけるべく、比較的安価なドミトリーで寝泊りをしながらレストランに通った。最初に行ったレストランでは、あまりのおいしさに感動したという。一方、そのあとに行ったレストランの料理はあまり口に合わなかったそうだ。しかし、加藤シェフはおいしいと思った前者ではなく、あえて後者で経験を積むことにしたと話す。

「最初に行ったレストランはめちゃくちゃおいしかったんですよ。ぼくがパリで食べた三つ星レストランの料理よりもおいしかった。フレンチですが北欧のテイストも入っていて、バランスの良さを感じました。逆に、そのあとに行ったレストランは(自分が体験したことがなかった味だったため)ぼくの口に合いませんでした。前者の料理はなんとなく理解できそうでしたが、後者でやっていることはまったく理解できなかった。ぼくが今まで経験した料理ではなかったんです。おいしさは自分で追求できるなと思ったので、それよりもわからないことを限られた期間の中で経験したいなと思って、あとに行ったレストランで修行することを選びました」

加藤シェフ

試行錯誤の末に見つけた加藤シェフの「色」

デンマークで北欧料理のノウハウとサステナブルな取り組みを吸収した後、帰国して自分のレストランをオープンした加藤シェフは北欧らしさを全面に出した料理を展開した。そんな加藤シェフの料理を、SNSを通じて見た北欧の同僚たちから次のような連絡をもらったという。

北欧と同じことをやっているだけじゃないか。本場はこっちにあるんだから、毎日食べているような料理をわざわざ食べに日本まで行かないよ。フランス料理と北欧料理の両方を経験した、日本人であるあなたの料理を食べたいんだよ。

それから、試行錯誤の日々が始まった。独自の色を出そうと考えているうちに、地産地消をはじめとしたサステナブルなアクションを自分の料理に取り入れてみることにしたという。

「自分のオリジナル料理を考えているうちに、ふと自分の実家がお茶畑をやっていることを思い出したんです。グリーンティーは海外の人に受け入れやすく、日本のエッセンスも入れられる。北欧料理はハーブを多用するので、緑茶をハーブに見立て、代表的なフランス料理であるフォアグラと合わせてみることにしたんです」

トーションと呼ばれる布で包み、鶏の出汁でゆでたフォアグラにお茶を合わせたその一皿は加藤シェフの代表作になった。完成までに何度も試作しては改善を重ねたという。

掛川茶を使ったスペシャリテ、フォアグラのテリーヌ

掛川茶を使ったスペシャリテ、フォアグラのテリーヌ

「新しい料理をつくるときって、まず頭の中でこれだったらおいしいなという完成形を想像してからつくるんですが、最初はおいしくなかったりするんですよ。そこから自分のフランスや北欧の経験値を入れていって、何度もトライアルアンドエラーを繰り返して味をブラッシュアップしていきます。実際に、フォアグラとお茶の作品は完成までに5年くらいかかりました」

加藤シェフと杉浦シェフ

切開せずに採卵可能な「サステナブルキャビア」を使用

「L’ARGENT」を語るうえで外せないのが、スウェーデンの「Arctic Roe of Scandinavia」というスタートアップが展開しているサステナブルキャビアだ。2023年のノーベル賞晩餐会にも提供されたという。

Arctic Roe of Scandinavia」というスタートアップが展開している「サステナブルキャビア」

Arctic Roe of Scandinaviaの「サステナブルキャビア」

キャビアは通常、チョウザメの腹部を切開して取り出すが、サステナブルキャビアは自然に近い形でチョウザメが産卵したものを使用している。具体的には、マイクロチップをそれぞれのチョウザメに埋め込み、タイミングを見計らって短時間で採卵しているという。

「L’ARGENT」は日本のレストランの中でもいち早くサステナブルキャビアを食材に取り入れている。その経緯について、加藤シェフは「日本に入っていないスウェーデンの食材を企業向けにアピールしてほしいという依頼があったのが始まりです。提示された食材の中にサステナブルキャビアがあって、これを使用した一皿をつくることにしたんです」と語った。

今回のインタビューでは、そのキャビアを使った一皿が振る舞われた。ボタンエビとライムの皮を合わせたタルタルをパセリのゼリーでコーティング。花のような白い食材はりんごのスライスだ。ソースはバターミルク(生クリームからバターをつくったときに、バターと分離してできる白い液体)とハーブのオイル、それから北海道の山わさびを少し加えてつくったという。

キャビアを使った一皿

ストーリーはおいしさに乗せてゲストに届ける

国内外のサステナブルな食材を取り入れながら、ユニークな一皿を次々と生み出す加藤シェフ。ただ、サステナブルな取り組みをしていようと、もっとも大切なのは「おいしさ」だと強調する。

「食材はなるべく環境に配慮したものを選ぶなどして、ストーリー性のある料理をつくるようにしています。しかし、どんなに大切なメッセージを伝えようとしても、料理がおいしくなかったらお客さんには響かないんです。ちゃんとおいしい料理を提供したうえで、ストーリーを見せることが大切なんです」

「経験値が増えると何か新しいことをしてみたくなるんですが、コンセプトやデザインから入ると、料理のおいしさは置き去りになってしまいます。本質的な調理とは、まず食材を見てそれにベストな調理法を考え、おいしさを追求することです。コンセプトやデザインは最後に加えなきゃいけないんです」

「おいしさ」に対してストイックに向き合い続けた加藤シェフだからこそ、料理の背景にあるストーリーも多くの人々に伝えられるのだろう。

店内

編集後記

気候変動が切迫する課題となっている現在、サステナブルな取り組みを世に広め、一人でも多くの人にアクションを起こしてもらう必要がある。

サステナビリティを伝えるのに大切なのがその「伝え方」だ。サステナブルなアクションが「難しいこと」「煩雑なこと」「自己犠牲をともなうこと」など、マイナスなイメージが先行してしまってはその担い手を増やすことは困難だろう。

その点、加藤シェフはサステナブルな食材を取り入れた抜群においしい料理とともにメッセージを伝えてくれる。きっとこれからも、人々を笑顔にしながら多様なストーリーを見せていってくれるに違いない。

※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事です。

【関連記事】

フォアグラやキャビアなど、飲食店が今後提供できなくなるかもしれない18の食材まとめ

【参照サイト】PR TIMES 「ノーベル賞晩餐会で提供された革新的な養殖手法の熟成キャビア陸上養殖テック企業、Arctic Roe of Scandinaviaが日本上陸」

Photo by Midori Wada
Text by Tatsuya Tanaka
Edited by Erika Tomiyama

IDEAS FOR GOOD編集部
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