私たちが、生きていく上で欠かせない「食」。食は、社会のあり方全てに関わっている。地球温暖化による異常気象、森林破壊、水資源の枯渇、農薬や化学肥料の問題、プラスチック問題、食品ロス、そして労働問題──今、私たちの日常を脅かすこうした世界の問題を考えるときに、フードシステムを考えることは欠かせない。

そんな食のあり方、飲食業界のあり方を変えていくため、日本でより多くの飲食店・レストランがサステナビリティに配慮した運営ができるよう支援している団体がある。英国に本部があるSRA(SUSTAINABLE RESTAURANT ASSOCIATION)の日本支部、日本サステイナブル・レストラン協会だ。今回、日本サステイナブル・レストラン協会の加盟レストランを巡り、先駆者となってサスティナビリティへ向かう飲食店の取り組みを紹介していく連載シリーズ「FOOD MADE GOOD」7回目。

本記事でご紹介するのは、福岡県糟屋郡久山町の山奥に佇む和食料理店「御料理  茅乃舎(かやのや)」。

山・川・畑・野生の動物に囲まれ、初夏には蛍が飛翔する自然豊かな場所にある「御料理 茅乃舎」は、15年前の開業当初から「スローフード」の考え方を大切にしてきた。お店の周りの自然と一体となって、植物が息をするかのように静かに、時間がゆっくりと流れる茅乃舎の世界は、訪れる人を豊かな気持ちにさせる。そしてそんな豊かな時間を過ごしていると、時勢にも負けない持続可能なレストランのヒントがみえてきた。

今回は、茅乃舎の支配人である浦岡浩二さんにお話を伺いながら、「スロー」と「サスティナビリティ」の関係性について考えていきたい。

話者プロフィール:浦岡浩二(御料理 茅乃舎 支配人)
長崎県出身。里山の茅乃舎で、非日常をテーマに自然の中の静かな雰囲気と体にうれしい美味しい料理、心地よいおもてなしを体感してもらえるよう日々精進している。また、地域のボランティア清掃、作家、演奏などの文化活動に従事する人をサポートする活動なども行っている。環境保全活動、フードロス削減、食育、エネルギー問題などにも精力的に取り組む。

本当に美味しいものを追求し続けた茅乃舎の歴史

茅乃舎の母体である久原本家は、明治26年(1893年)に創業、120年以上続く調味料・食品会社で、福岡の久原村(現在の久山町)の小さな醤油蔵から始まった。

現在4代目となる河邉哲司社長が大学卒業直後に家業を継いだ当初は、従業員6名だけの小さな醤油屋だったという。醤油だけでは生き残れないと感じた当代社長は、醤油だけでなく、たれやだしなどの調味料などの商品化を目指し、最初は美味しい国産の魚卵を使用した明太子の製造に乗り出した。安さや便利さを求められていた当時の市場の流れの中、10年近く赤字が続きながらも、「本当に美味しいもの」を追求し、軸をぶらさずに商品を作り続けた結果、徐々に業績を伸ばしていったのだった。

こうして会社として軌道に乗り始めた2005年、「御料理  茅乃舎」を開業した。

「まずは久山を拠点としてレストランで美味しい料理を提供すること、そして、お店で食べた料理に近いものを家でも食べられるように、レストラン発の無添加のだしをブランド商品化して販売したい。」

こうして今や全国のお店で並んでいるかの有名な「茅乃舎のだし」ブランドが確立されたのだ。茅乃舎のだしシリーズは日本のだしのブランドとして、現在は国内だけでなく海外からの人気も博している。

土地の生産者と文化を守る「スローフード」

「御料理 茅乃舎」を開業した背景には、社長自身がイタリアで学んだ「スローフード」がコンセプトにあった。

スローフードとは、ファストフードの台頭、食への関心の薄れを憂い、郷土に根付いた農産物や文化を守るため、1989年にイタリアで生まれた考え方だ。美味しく健康的で、環境に負荷を与えず、生産者が正当に評価される食文化(GOOD,CLEAN,FAIR)を目指しており、現在は世界160カ国以上に広がる国際的な社会運動となっている。

日本では、旬の食材を使った地域の特色ある郷土料理を大事にする文化が古くから根付いており、日常の家庭の中でも当たり前のようにスローフードが実践されてきた。しかし、高度経済成長期に発展した流通や販売方法、ファストフードの到来により、添加物や保存料の技術が発達し、全国どこでも同じ食材で同じ味付けの食事をできるようになったことで、食生活が画一化されていった。そんな中、地方の小規模生産者にフォーカスをあて、伝統的な旬の食材や郷土料理を体験したり広めたりしていくことで、失われつつある日本の食文化の多様性を守る重要性が再認識されているのだ。

地元で採れたお野菜中心のコース料理

地元で採れたお野菜中心のコース料理

“てまひま”をかけた美味しさを大事に

茅乃舎では、地元の生産者から食材を仕入れ、“てまひま”をかけた料理を季節ごとのコース料理として提供している。

6月〜7月にかけては、びわやそら豆、トマトが美味しい季節だ。こうした食材は開業当時からできるだけお店に近い地元の農家から調達し、お野菜を中心とした料理を提供している。お米は、農薬や余計な肥料は与えず、苗自体が持っている力を最大限活かして育てている地元の農家から、週に2〜3回ほど籾殻(もみがら)もついた状態で持ってきてもらい、毎朝店内で籾摺りと精米から行っているのだという。羽釜で炊くご飯の美味しさは格別だ。

店内で丁寧に籾摺り、精米したお米を使用する土鍋炊きご飯

店内で丁寧に籾摺り、精米したお米を使用する土鍋炊きご飯

「効率的ではありませんが、それよりも“てまひま”をかけた美味しさを大事にしています。そして、この土地の生産者さんと文化を守っていくことが、茅乃舎の使命なんです。」と浦岡さんは語る。

さらに、コースには、「路代おばあちゃんの一品」という料理を必ず入れている。

「路代おばあちゃんは、今年で91歳になる地元のおばあちゃんなのですが、毎月彼女からレシピを教わっています。昔の方って料理も食材の保存の仕方も本当にお上手なんですよ。茅乃舎では、彼女たちの知恵をいただきながら、素材の味を活かした昔ながらの料理を受け継いでいます。」

ここで豊かな気持ちになれる理由のひとつには、身体に優しく美味しい料理を味わえるだけではなく、料理がお皿に盛られ提供されるまでに最大限「てまひま」をかけているからかもしれない。茅乃舎の料理はおばあちゃんが作る料理のように、作り手の愛情が伝わってくる。

大自然に溶け込む茅葺き屋根の母屋が作り出す空間

「御料理  茅乃舎」とその周りに流れる空気を吸うと、この空間には「スロー」という言葉が一番しっくりと来る表現であることに気づかされる。数百年、数千年前からずっと変わらずここにある変わらない里山の大自然の中に、茅葺き屋根の母家と日本庭園が溶け込み、木々の呼吸と共にゆっくりとした時間が流れているのだ。

茅乃舎の象徴的な茅葺屋根は、熊本県阿蘇地方の質の良いススキを手作業で刈り取ったのちに、茅葺き職人の手で作られたという。今は西日本で一番大きな茅葺きの一軒家となっている。梁や柱には、100年ものの古材と新しい木材が両方使われており、古風な建物でありながらどこかモダンな雰囲気も漂わせている。

茅乃舎の店内からは、庭と山の緑を感じながら食事ができる

茅乃舎の店内からは、庭と山の緑を感じながら食事ができる

「ここではお客様には旅館に来たような感覚で、時間を忘れて過ごしていただきたいです。」と浦岡さんは話す。

浦岡さんに里山の魅力を聞くと、「自然と空気ですね。いるだけで豊かになれる環境が里山にはあり、これが本来の人間の姿ではないかと思います。」と答えてくれた。

編集後記

持続可能性を考える際に「時間」は重要なキーワードであるだろう。長きにわたり存続されるもの──それはおばあちゃんの手料理であり、日本の伝統家屋であり、里山に残されている大自然の風景である。それらは変わることなく、時には時代の流れとともに少しずつ変化をしながら、そこに存在し続ける。

浦岡さんに「茅乃舎ではスローフードをどのような意味で捉えているか」と問うと「循環」だと答えてくれた。食材、人、自然、文化、全てが巡りめぐりながら日々を形成する。持続可能性とは、変化をしながらも、もともとあった場所に再び戻ってくるように、時を経てぐるぐると循環することなのかもしれない。

茅乃舎には地元の方に止まらず、東京や北海道など全国からわざわざこの地までお客様がやってくる。持続可能なレストランを言葉で表現するのではなく、ただ体現する茅乃舎は、時勢に流されず、パンデミックの大きな波が訪れようとも、臆することなくずっしりとそこに構えている自然の生命力のような強さがあった。

【参照サイト】茅乃舎
【参照サイト】日本サステイナブル・レストラン協会

Edited by Motomi Souma

IDEAS FOR GOOD編集部
IDEAS FOR GOOD編集部
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