2015年9月に国連で採択された、SDGs(持続可能な開発目標)の13番目の目標「気候変動に具体的な対策を」では、気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策を講じることを目指している。気候変動の主な要因のひとつに、大気中の二酸化炭素濃度の増加による地球温暖化があり、世界各地で集中豪雨や土砂災害、干ばつ、洪水、勢力の強い台風やハリケーンの頻出など、異常気象が深刻化している。

この地球温暖化の大きな要因は、二酸化炭素やメタンガスなどの温室効果ガスが大気を暖めていることだ。なかでも、畜産業界が排出する温室効果ガスの地球温暖化にもたらす影響が世界中で懸念されている。FAO(国際連合食糧農業機関)によると、世界中で排出される温室効果ガスの約14%が家畜に由来するものだという。日本国内の全温室効果ガスのうち、農林水産分野で発生する温室効果ガスの割合は約2.8%。そのうちの約20%が牛の消化管内発酵にあたることから、農林水産省では「牛のげっぷは主要な温室効果ガス排出源」であると位置付けている。

牛は胃の中で餌を分解する際に、二酸化炭素の25倍も温室効果があるメタンガスを放出する。げっぷとして出るメタンガスの量は、牛1頭あたり1日300〜500リットル。牛は地球上に約15億頭も存在し、そのほとんどは乳牛や肉牛として飼育されている。
そんな牛のげっぷ中のメタンを抑制する効果のある「カシューナッツ殻液」が国内外から注目を集めている。牛の飼料にカシューナッツ殻液を混合することでげっぷの発生源となる第一胃に働きかけ、メタン発生を約20〜40%も抑制する効果があるという。このカシューナッツ殻液を使った家畜用の機能性飼料「ルミナップ」を開発・販売する、出光興産株式会社のアグリバイオ事業部・飯田さんに話を伺った。

牛の健康の”要”に作用し、メタンガスの抑制だけでなく生産性向上にも貢献

出光興産では、2006年から北海道大学・動物機能栄養学研究室の小林教授と共同開発を進め、カシューナッツ殻液に牛のげっぷを抑制する効果があることを発見。2008年、日本畜産学会で発表された。その後、三谷産業株式会社の協力を得て、カシューナッツ生産大国であるベトナムでカシューナッツ殻液飼料の開発・製造に取りかかる。そして2011年、ルミナップと名付けた機能性飼料の発売を開始した。300頭以上の牛を飼育する大規模酪農場を中心に導入されており、すでに台湾や韓国での販売も行われている。2021年度中にはアメリカでも発売予定だ。


順調に採用件数を増やすルミナップだが、その理由は利益に直結する幅広い効果にある。
「ルミナップはカシューナッツの殻を圧搾して抽出した液体を主成分としています。このカシューナッツ殻液は、ルーメンと呼ばれる牛の第一胃に生息する微生物の働きに作用することが分かっています。餌を分解・発酵する微生物の生態系バランスが崩れると、牛は食欲が減退したり消化不良になったりしてしまうのですが、ルミナップを飼料に混合し牛に与えることでルーメン内の微生物環境が整います。健康な状態を保つことで、生産性の向上にも成果が出ています。」と飯田さん。具体的なデータを見せてもらうと、ルミナップを給与した乳牛・肉牛の生産性に直接的な効果が出ていることが分かる。

(実施場所:群馬県)※出光興産株式会社実施データ

出光興産の調べによると、乳牛の乳量は平均0.9キロ多くなることが観察された。肉牛では体重増加が観察され、出荷体重は平均783キロから830キロに増えた。さらに受胎率13.5%増、妊娠率9.9%増と、繁殖成績にも大きな成果が上がっている。
飯田さんによると、この成果には一貫した理由があるという。「牛の四つの胃のうち全体の約80%以上を占めているルーメンは、まさに“牛の健康の要”と言える器官です。ルーメンが正常に整い、健康が保持されることで乳生産量や体重増加、繁殖成績が向上したと考えています。当たり前のように聞こえるかもしれませんが、牛が健康であることが、非常に重要なのです。」
牛の健康を重視するこの考え方は、世界的に広まりつつある“家畜を快適な環境下で飼養することにより、ストレスや疾病を減らし、その生態や習性による行動が妨げられることがないように”というアニマルウェルフェアの考え方にも通じるものだ。

社会全体の環境意識の高まりとともに、問い合わせの内容に変化が

サステナブルな側面と実益に直結する強みを併せ持つルミナップ。飯田さんはここ最近、ルミナップへの問い合わせ内容に明らかな変化が出てきたことを実感しているという。「2011年の発売当初、ルミナップ採用の主な理由は“生産性向上”で、メタンガス抑制効果に注目する農家の方はほとんどいませんでした。やはり、生産性向上は、売り上げに直結するところですから。ところが、菅首相の2020年10月の2050年カーボンニュートラル宣言を契機に、徐々に問い合わせの内容が変わり始めました。食品を扱う業者さんやメーカー、海外からも、メタンガス抑制効果についての問い合わせが徐々に増えてきたのです。いずれも今まで取引をしたことがないようなお客さまです。」

コロナ禍の生活者に対して株式会社電通が行った意識調査結果によると、「地球環境や社会問題は、決して他人事ではない」と感じる人が83%、そのうち54.5%の人が「コロナ禍を経験して感じるようになった」「より感じるようになった」と回答したという。消費者の環境意識の高まりは、コロナ禍によってますます加速しているのが現状だ。今後は、生産率向上効果よりもメタンガス抑制効果の方が、ルミナップのメリットとして拡散していく可能性もあるだろう。

エネルギーを供給する企業だからこそ取り組む、「環境との調和」の実現

エネルギー供給事業で広く知られる出光興産だが、コロナの影響で航空機燃料をはじめとする燃料需要や資源価格に大きな影響を受けた。さまざまな事業を展開する出光興産にとって、地球環境・社会との調和は最優先で取り組むべきテーマだという。「コロナの影響で、消費者のライフスタイルや価値観が変化したことや、2050年カーボンニュートラル宣言によって脱炭素化への動きが加速したことを受け、中期経営計画の見直しを行いました。マイルストーン(中間目標点)として、『責任ある変革者』という2030年経営ビジョンを掲げ、エネルギーを供給する企業だからこそ、エネルギーの安定供給とともに、社会課題の解決に貢献することを宣言しています。 2050年に向けて、グループ全体でカーボンニュートラルに取り組んでまいります。」

「メタン削減牛乳」を新たな食の選択肢に。多様性に寄り添う食材を選ぶ

需要の変化を受け、今後新たな展開も予想されるルミナップ。飯田さんは「環境配慮の観点から、豆乳やアーモンドミルクなど代替ミルクの市場が拡大しています。もちろん畜産現場でも、ますます地球温暖化対策に取り組んでいくことになります。例えば、ルミナップを食べている牛の牛乳が『メタン削減に貢献している牛乳』として普及してくれれば。環境意識の高いレストランの方に、ぜひ使っていただきたいですね」と期待を寄せる。

近い将来、ルミナップを使用している農家から出荷された牛乳や肉牛、それらを原料とするメタン削減チーズやソーセージなどの加工食品が手軽に手に入るようになるかもしれない。飲食店がそのような食品を使うことは、きっとお店のセールスポイントになるはずだ。
飲食店として、お客さまの健康や環境のために牛乳や肉牛を提供しないことも一つの選択だ。しかし、メタン削減食品や植物性の代替食品などを活用し選択肢を増やすことで、新たなメニュー提案につながる。お客さまそれぞれの考え方やライフスタイルに寄り添う飲食店へ、一歩近づくことができるだろう。

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