その物語は、アメリカのアーティストであり、元レストラン経営者であったAlice May Brockの引用から始まる。
“Nous sommes ce que nous mangeons mais ce que nous mangeons peut nous aider à être beaucoup plus que ce que nous sommes.”
(私たちは食べるものでできているが、食べるものによって私たち自身を大きく超える存在になることができる。)
私たちが消費するものこそが、私たちの心と体を形づくっている。私たちが食べるものが私たちの身体や健康に影響を与え、良い食事を選択することが私たちをもっと良い人間にする。この言葉には、そんなメッセージが込められている。
この『Pour eux(For Them)』というドキュメンタリーを製作したのは、フランス・パリにあるレストラン「FIEF」のVictor Mercier(ヴィクトール・メルシエ)シェフだ。FIEFは、2022年にミシュランガイドで一つ星を獲得し、ヴィクトールシェフはフランスの「ヤング・シェフ・オブ・ザ・イヤー」にも選ばれるほどの腕を持つ。
ヴィクトールシェフは、2015年に公開されたメラニー・ローランとシリル・ディオンによる環境問題を取り上げたフランスのドキュメンタリー映画『Demain』に出会い、親友のベンジャミン氏と共に食をテーマに世界を旅することを決める。そうしてアジア、アフリカ、南米、ヨーロッパの各地で数多くの生産者と出会い、食の変革の担い手をこのドキュメンタリーに収めたのだ。
“Social Food Gastronomy(ソーシャルフード・ガストロノミー)”を提唱し、日本サステイナブル・レストラン協会のプロジェクト・アドバイザー・シェフも務める杉浦仁志シェフが、サステナブルな未来を目指す料理人と対話し、今あるべき食の在り方を社会に伝えていく本連載。第5回となる今回は、ヴィクトールシェフにお話を聞いた。フランスと日本で共通する、レストラン業界の課題とは?
レストランを営業することそのものの葛藤
取材の席に付き、杉浦シェフが「サステナビリティを意識したきっかけ」を尋ねると、ヴィクトールシェフはレストランを営むなかで日々抱いている葛藤を正直に語ってくれた。
「レストランそのものがサステナブルではないという課題意識からです」
「パリのような大都市で、40人のお客さんに食事をしてもらうためには、どんなに気を使ってもプラスチックや箱、ポリスチレンなどのごみは出ますし、電力を消費します。どう考えても、どれだけ努力しても、レストラン自体はサステナブルにはなれないのです」
2023年1月、「世界のベストレストラン50」における5度の世界1位を獲得核としたコペンハーゲンのレストラン「norma(ノーマ)」が2024年末で通常営業を終えると発表したことは記憶に新しい。世界中の人々を魅了していたノーマの閉店は、レストラン業界に衝撃を与えた。営業終了の背景にはさまざまな要因があったと思うが、ヴィクトールシェフがそのニュースから感じ取ったのは本当の意味でレストランがサステナブルになる難しさだった。
「ノーマの閉店をテレビで知り、ショックでした。レストランを営むことは、パラドックスであり偽善でもある。いくら自分たちがローカルの食材を使って生産者を大事にしていても、そこにはカーボン排出量の多いお客さんが集まる。レストランのコンセプトがどれだけ地球環境に良いものにしたとしても、そこに関わるファクターが決して同じ方向にいくわけではないということです」
「たとえば、昨日自分が料理のデコレーションに使った花。その花を使うためには、大きなプラスチック包装がついてくる。やはりレストランという構造自体がサステナブルではないんです」
その中でなにをやればいいのか。どうすれば飲食業にサステナブルな風を吹き込むことができるのか。ヴィクトールシェフは日々考え続けている。
「なにか自分にできることはないか。特に大都市の中でできることを考えたとき、100%地産地消のレストランをつくろうと思ったんです。自分のクリエイティビティを最大限発揮し、そしてスペースや物を減らし、なるべくストックをしないという取り組みなどから少しずつはじめました」
大都市パリで地産地消を目指す難しさ
ヴィクトールシェフが営む、FIEF。店の名前になっているFIEFは、フランス語で「Fait Ici En France」の略であり、英語で「Made here in France」を意味する。名前のとおり、FIEFで使う食材はすべて「フランス産」だ。ヴィクトールシェフは、FIEFを始める前に、フランスの生産者を巡る旅にも出ていたのだという。
フランスの風土や気候を表すテロワールと、質の高い小規模生産者をサポートしたいという強い想いを持っている一方で、「大都市であるパリでテロワールを意識するのはなかなか難しい」と、ヴィクトールシェフはその葛藤を語る。
「パリで家賃を支払い、お店を構える以上は、それなりの収益も出す必要があります。パリには海もなく、物流上の問題が発生した場合、パリの食糧自給では2日間しか持たないと言われています。パリだけではなく、世界中すべての都市が同じ状況ですが、大都市パリで100%生産地から消費地までの距離が非常に短いウルトラローカルな食材を使うことは難しい。周辺地域の小さな生産者さんに頼ってしまうと、いつも同じ野菜を使うことになってしまうのでレストランとしては厳しいのです」
労働集約型のレストラン業界をどう変えていくか?
今回のヴィクトールシェフと杉浦シェフの対話の中で、二人がもっとも大きな課題としてあげていたのは、レストラン業界の働き方だった。日本だけでなく、それはフランスでも同様に課題になっているという。
「私は仕事が好きですが、同時に嫌いだとも思います。いい時間もあれば、辛いときもある」
「レストランの労働時間は、おそらく週70時間〜80時間ほどではないでしょうか。フランスの法定労働時間である週35時間では、到底無理です。少なくとも45時間は必要ですね」
「コロナで大変だった状況から、どう立ち直るかをみんなが考えていかなければなりません。いつまでもこれが続くとは思っていません。自分は一つ星で10人のスタッフを抱え、40席ほどしかないにもかかわらず、サステナブルに営業していくことは難しいと感じます。自分のレストランのような小規模のお店は、消滅してしまうのではないかとさえ、思います」
「フランスにはある程度の規模のレストランが15万軒もあります。料理の面、労働者の人権、気候変動や食料供給の面で、レストラン業界がこれから先、どの方向に行くかはわかりませんが、大きな変化が来ることは間違いないでしょう」
フランスで感じる、食の概念の変化
この資本主義の中で、収益を得ながら本当の意味でレストランをサステナブルに変革させていく難しさがヴィクトールシェフの言葉の端々から感じられた。一方で、そのなかにもヴィクトールシェフは希望を見出していた。
「これからは、サステナビリティに配慮することがプラスになります。この店はヴィーガンメニューも出していますが、こうしたヴィーガンメニューで星をもらい、評価されるようになったことで、フランスでも食の概念が変わってきているという希望を感じます」
「新しいジェネレーションは戦うジェネレーションです。問題を知り、不公平だという想いを持つ人たちの時代が来ていることは素晴らしいことです。SNSがあることで、これまで隠されていた石油業界や大企業の問題が明らかになっています。こうした世代とともに、食の業界も変わっていくでしょう」
美食の街といわれるパリで「サステナブルなレストラン」と称賛され、ミシュラン一つ星を獲得し、若くして大活躍するシェフの葛藤と本音。ひとつ言えることは、いま日本やフランスだけでなく、世界の飲食業界が大きな転換点にあるということだ。冒頭の言葉にあるように、私たちは、課題だらけの食のシステムを変える選択をすることができる。そのなかで良い選択をするために、私たちは今、何を知るべきなのか。社会の中で葛藤している人々の声に耳を傾けたい。そんなことを痛感した対談だった。
【参照サイト】FIEF
Supported by Shoko ICHIHASHI-RUEL
Written by Erika Tomiyama
※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事です。