昨今、健康志向や環境配慮、アニマルウェルフェアなどさまざま理由から増加しているヴィーガン。2021年11月にREPORTOCEANが発行した報告によると、2020年に約152億ドルだった世界のヴィーガン食品市場は、2027年までに約290億ドルに達する見込みだという。これは成長率にして9.6%以上の数値だ。
また、株式会社フレンバシーが2021年に行った調査によると、日本国内のベジタリアンもしくはヴィーガンの割合は全体の5.1%だったという。これは人口にすると約640万人にあたる。2017年に行われた同社の調査と比べても増加傾向にあり、日本での市場拡大も予想される一方で、日本ではまだ対応する飲食店が少ないためヴィーガンにとって外食は気を遣うことだ。ヴィーガン専門店でなければ、食べられるメニューは限られ、注文する際に肉魚類を抜いてもらうなどといった面倒なことも多い。
このように国内でも徐々に高まるヴィーガン需要に対応するため、飲食店がヴィーガンメニューを作るポイントをヴィーガン料理研究家として国内外で活躍する沢野亜伊子さんにお話を伺った。
話者プロフィール:沢野亜伊子さん
北陸学院大学短期大学部食物栄養学科卒業後、カナダでベジタリアン教室、東京でベジタリアン&ヴィーガン料理教室を主催。現在は金沢に拠点を移し自然栽培と関わり合いながらヴィーガン料理研究家として国内外で活動する。大使館でのケータリングなど幅広い活動が評価され2018年,2019年,2020度日本ベジタリアンアワードにノミネートされる。
目次
1.食材を調達する
まずは、通常メニューでは使用しないようなヴィーガン仕様の食材を仕入れることから始める。既に取引がある業者の中に、ヴィーガン商品を取り扱っている業者がない、または少ないという人はぜひ参考にしていただきたい。
1-1.専門店を知る
10年前からヴィーガン料理に携わっている沢野さん。当時と比べて今はヴィーガン食材も種類が豊富になり、品質も向上してきているという。
「インターネットで”ヴィーガン 食材“と検索すると色々とサイトが出てきますが、中でも、できるだけ国産で伝統的な製法のものを選ぶようにしています。老舗のマクロビのお店であるオーサワジャパンや、アリサン、かるなぁなどの商品は質や安全性が高いため、使用することが多いです。また、ヴィーガンのイベントに参加することで、新たな業者さんと出会うこともできます。」
1-2.できるだけ無添加のものを使う
最近では、オンラインでの販売も増えており、気軽に購入することができる一方で、ブームに便乗して添加物を多用した「ジャンクヴィーガン」と呼ばれる商品も出てきているので注意が必要だ。
「日本語がわからない外国の方は、裏面に日本語で書かれている成分表示まで読むことができないので、パッケージなどの”Vegan”だけで判断することが多いです。そういったことが起こっていることを知り、添加物を摂取したくない人に対して申し訳ない気持ちになりました。食材を選ぶ際には、プラントベースだというポイント以外にも、どのような原材料や添加物が使われているかチェックすることが重要です。」
これは、メニュー表示にも言えることだ。ヴィーガンは健康や環境を配慮する人が多い。そうした気持ちを裏切らないことも必要となってくる。
1-3.できるだけ自然栽培のものを使う
沢野さんは肥料や農薬を使わない自然栽培で作られた食材を積極的に取り入れている。自然栽培の野菜は皮ごと食べることができるPBWF(プラントベースホールフード)だ。身体への負担や環境負荷が少ない上、食品ロスにもつながる。
「石川県で自然栽培の農業と関わる仕事もしています。サンフランシスコのオーガニックスーパーBi-Rite(バイライト)の社長やフランスのPascal Barbotシェフが現地へ視察に来るなど、海外でも自然栽培への関心が高まっていると感じます。また、料理教室に来る生徒さんになぜヴィーガンになったか尋ねると理由は一つではないことが多いです。環境配慮を理由にヴィーガンになる人にとっても自然栽培は重要なポイントといえます。」
Bi-Riteはサンフランシスコの食卓を変えたとして有名なオーガニックスーパーマーケット。Pascal Barbot氏は「世界のベストレストラン50」にも掲載されているAstrance(アストランス)のシェフだ。こうした著名人たちの関心事は業界に大きな影響を与えるだろう。
2.盛り付け・見た目にこだわる
ヴィーガン料理を始めた頃は、周りから「美味しくなさそう」「寂しい感じがする」という声が多かったという。こうしたネガティブなイメージを払拭するため、盛り付けに気を遣うことも必要だ。
「基本的には野菜がもつ自然の色味を生かします。茶色くなりがちな料理には意識的に野菜の彩りを加えることもあります。野菜以外にもドレッシングやトッピングをプラスすると華やかな印象になるため、鮮やかなエディブルフラワーを使うのもおすすめです。」
また、肉や魚の見た目や食感に似せることもポイントだという。
「見た目や食感が近ければ近いほど、肉や魚を使っていないことに驚かれます。また、食べたことのある料理がヴィーガン仕様というだけで、興味をそそられる人は多いと思います。美味しそうと思わせること、興味を持ってもらうことが重要です。」
3.肉や魚に近づける下ごしらえをする
プラントベース食品などの代替品そのものが肉や魚に似ているかというと、そうではない場合の方が多い。そのため、肉や魚に近づけるための下ごしらえをする必要がある。
3-1.食感を似せる
プラントベースミートにもひき肉状のものからブロックタイプまでさまざまな種類がある。また、野菜やナタデココを使って魚介に似せた食感を作り出すことも可能だ。しかし、そのままでは表現しきれないこともあるため、食感を似せる工夫が必要だ。
「例えば、ヴィーガンの角煮を作ろうとしたとき、さすがに角煮ほどの塊感のあるプラントベースミートはありません。この場合、高野豆腐とおからこんにゃくを層にして豚バラブロックを作り出しますが、食感を似せるために肉たたきで叩くなどの下ごしらえをします。また、いつも作っている料理にヒントがある場合も。例えばマグロの刺身を野菜で作る場合、パプリカをオーブンで焼いて、漬けマグロ風の味付けをします。これは、パプリカのマリネの食感が刺身に似ていたことがヒントになりました。」
3-2.旨味を作り出す
また、プラントベース食品は旨味が少なく、味付けもされていないの商品が一般的だ。そこで、旨味を作り出す調理方法やポイントを伺った。
「まず、出汁ですが、カツオなどの魚介ベースのものは使えないので、コンブやキノコを使います。調味料もできるだけ自然栽培のものを選びます。それから、肉や魚に近づける工程があります。野菜を焼いたり炙ったりすることで香ばしさを、揚げて油を吸わせることでジューシーさを加えるなど、目指す料理に合った調理工程を選びます。野菜寿司の場合は海苔を使うことで磯の香りをプラスすることもできます。」
過去に寿司職人と話した際に、野菜寿司の調理工程の多さに驚かれたという沢野さん。素材そのものを提供する刺身などは特に、通常メニューとヴィーガンメニューでは調理工程の多さが全く違う。一方で、寿司屋などの専門店において、ヴィーガンとそうでない人が同じテーブルで食事を楽しむことができるのがヴィーガンメニューを提供するメリットでもある。
4.メニューを考える
既に公開されているヴィーガンレシピもあるが、飲食店ではオリジナルのメニューを開発する必要がある。そこでメニュー考案のポイントを伺った。
4-1.既存の料理を置き換える
ヴィーガンメニューを考える際、元々ある料理を代替⾷品と⾃然栽培の⾷材に置き換えて作る方法が基本となる。沢野さんは海外の料理をヴィーガンメニューに置き換えることもあるという。
「中華料理や中東料理、メキシコ料理など、その国々特有の料理に目を向けると、メニューの幅は格段に広がります。逆に、野菜寿司やヴィーガンちらし寿司など、日本らしいメニューは外国の方からの人気が高いです。また、角煮や肉まんといった、置き換えがしにくそうな、ヴィーガンとは一見遠そうな料理にも取り組んでいます。重いと感じやすい肉料理も、プラントベース食材で作ることで身体への負担がかかりにくいというのもヴィーガン料理のいいところです。」
4-2.新しいメニューに挑戦する
既存のメニューの次に挑戦したいのがスペシャリテとなるような新しいメニューの開発だ。
「肉料理や魚料理は既にたくさんある中で、食材をヴィーガン仕様に置き換えることで新しい料理を生み出す感覚があります。食材や調理方法の組み合わせ次第でアレンジのしがいがあり、飽きることなく楽しくメニューを考えることができます。また、イベントなどに出店すると、比較的取り組みやすいヴィーガンスイーツを多く目にします。その中で、目を引くようなメニューを出すのは戦略の一つになるかもしれません。」
5.精進料理から学ぶ
日本人の誰もが知る精進料理。沢野さんの料理教室は英語対応もしていたため外国人の生徒さんが多く、日本の文化に関心のある彼らと精進料理を作ることもあったという。
「肉や魚を摂取しないことはもちろん、動物の命を重んじるという視点でヴィーガンメニューと精進料理は同じです。私自身、お寺の法要のためのケータリングを依頼されたこともあります。ヴィーガンの割合は日本人よりも外国の方が圧倒的に多いです。欧米ではアニマルウェルフェアをテーマにしたドキュメンタリー映像が増えてきていたり、デモが街中で行われていたりしている現実があります。そうした環境から、特に若い世代でヴィーガンが増えていると感じます。子供の影響を受けて親世代がヴィーガンになるというケースもあります。そうした外国の方たちの趣向に合わせたヴィーガンバーガーなどを提供するのも良いですが、今後もっと日本らしいヴィーガンメニューが増えるといいなと思っています。」
食材や料理の特徴を熟知した料理研究家ならではの経験をもとに、日々ヴィーガンメニューを作っている沢野さん。過去に作ったメニューをアレンジしつつ、新たなヴィーガンメニューを生み出すことは楽しく飽きがこないという。クリエイティビティが求められる料理人にとっても、ヴィーガンメニューに挑戦することが自身の刺激になるのではないだろうか。
【参照サイト】Cooking Classes Lit Vegan|Aiko Sawano
【参照サイト】REPORTOCEAN
【参照サイト】日本のベジタリアン・ヴィーガン・フレキシタリアン人口調査 by Vegewel
【参照サイト】オーサワジャパン
【参照サイト】アリサン
【参照サイト】かるなぁ
【参照サイト】Bi-Rite
【参照サイト】Astrance