近年、世間の環境問題への関心が高まっている。マーケティングサーチを行う株式会社インテージが実施したSDGsに関する調査によると、SDGs認知者の約53%が「SDGsに取組む企業を応援したい」、約45%が「SDGs関連商品・サービスを購入・利用したい」と回答している。SDGsへの配慮は、生活者が購買活動を行う際の重要な選定要素として認識され始めていることがうかがえる。
一方で、こうした現状を認識していても、実際にどのように推進していけばよいのか迷っている方も多いのではないだろうか。
そうしたなか、2022年6月15日、ホテル・飲食店向けのサステナブルメディア「table source」を運営する陶磁器メーカー「ニッコー株式会社」は、日本サステイナブル・レストラン協会による企画協力のもと、「地域と共生する!レストランのサステナビリティとは? 〜石川・輪島の事例」と題してホテルやレストランのSDGs・サステナビリティへの取り組みを支援するセミナーを開催した。
本セミナーは、ニッコーの白山本社にて、現地とオンライン配信と並行して実施された。食にまつわる「SDGs・サステナビリティ」の基本知識に加え、実際に取り組みを行う店舗からゲストスピーカーのお二人をお招きし、飲食店の持続可能な未来について考えた。
登壇者一覧
下田屋 毅「一般社団法人日本サステイナブル・レストラン協会」 代表理事(企画・協力)
日本と欧州とのCSR/サステナビリティの懸け橋となるべくSustainavision Ltd.を2010年英国に設立。ロンドンをベースに日本企業へサステナビリティに関する研修、リサーチを実施。2018年、英国サステイナブル・レストラン協会との提携により一般社団法人日本サステイナブル・レストラン協会を日本に設立。飲食店・レストランのサステナビリティを向上させるとともに、フードシステム自体を変え、より良い状態へとシフトするための活動に取り組んでいる。
冨成 寿明氏 日本料理「富成」(石川県輪島市)代表
山で山菜を採り、海や川で魚を釣り、父と料理することが楽しみだった幼少期。料理人の道に進むため大阪の専門学校を卒業後、大阪の料亭や京都のホテルで修行。2008年に父親の仕出し店を継ぐ。2013年「日本料理 富成」に業態を変更。2018年には「町野川再生プロジェクト」を立ち上げ、環境保全や地域活性化の取り組みも精力的に行っている。「ミシュランガイド北陸2021」1つ星&グリーンスターを獲得。
表 秀明氏 株式会社Innovation Design (東京都) サステナブルデザイン室ゼネラルマネージャー
“ひとと地球の未来を描く”をVisionに掲げ、“食を通して社会課題を解決する“フード事業では、環境・調達・社会の様々な問題に取り組み、日本サステイナブル・レストラン協会より日本初の3星を獲得。“おみやげを通して社会的課題を解決する” haishopでは様々なパートナーとの共創を実現し社会課題に取組む。
ニッコー株式会社(主催)
1908 年に創業した陶磁器メーカー。最高の品質と品位を提供するため、原料加工から最終工程に至るまで、石川県の自社工場で一貫して生産を行っており、大規模な製造量を誇る陶磁器メーカーでは日本で唯一の存在。組織横断型の研究開発プロジェクト「NIKKO Circular Lab(ニッコーサーキュラーラボ)」の立ち上げや「日本サステイナブル・レストラン協会」への加盟など、さまざまなアプローチを検証している。また、現在ニッコーでは陶磁器のほか、浄化槽や高級システムバスなどの住設環境機器や、機能性セラミック商品など幅広い商品を開発・製造を行っている。
サステナブルなフードサービスの実現を支援
一人目の登壇者は、今回のイベントの企画協力を行う「日本サステイナブル・レストラン協会(SRA-J)」代表理事・下田屋毅氏。
日本サステイナブル・レストラン協会は、持続可能な食の循環を実現させることを目的に2010年に英国で設立された団体の日本支部だ。サステナブルなフードシステムの実現に向けたサポートや、網羅的な指標で「食」の持続可能性をはかることで、持続可能なフードシステムの構築に貢献している。
日本サステイナブル・レストラン協会のレーティングには「調達・社会・環境」の3つの指針に基づく評価指標が用いられている。この評価指標は、食のアカデミー賞として知られる「世界のベストレストラン50(The World’s 50 Best Restaurants)』の評価指標としても使用されており、世界的な認知度も高い。
下田屋氏「なぜレストランがサステナビリティを推進しなくてはならないのか。それは、飲食店の中だけでなく、サプライチェーンにおける行動や調達を通じて、知らず知らずのうちに強制労働や児童労働、森林破壊などのさまざまな環境課題を深刻化させることに加担していることがあるからです。一方で、行動や調達を変えることによって、こうした社会環境課題の解決に貢献することが可能です。」
「調達・社会・環境」の3つの指針
3つの指針のうち「調達」では、アニマルウェルフェアや家畜衛生などに配慮して畜産された肉である「ベターミート」や、水産資源と生態系の保全に配慮された魚介類である「サステナブルシーフード」を積極的に使用することも、環境保全への貢献につながるという。
「社会」の部分では、そこで働くすべての人が幸せに働ける労働環境を整えることも重要だ。
「環境」においては、食品ロスの削減や、プラスチックを使わないテイクアウト容器の利用や、水道やガス、電気などのエネルギー資源の無駄をなくすことなどが挙げられる。
豊かだった能登の里山や海、川の恵みを取り戻したい
二人目の登壇者は、石川県輪島市の一軒家レストラン「日本料理 富成(とみなり)」でオーナーシェフを務める冨成寿明氏。同店は、昨年発売された『ミシュランガイド北陸2021』では、1つ星とグリーンスターを獲得した名店だ。冨成氏は、お店の経営の他にも町野川漁業協同組の事務局長と町野川再生プロジェクトの代表を務めている。
金沢から車で約2時間、田園風景に囲まれたのどかな場所に位置する輪島市。冨成氏は輪島市に生まれ、幼少期は自然豊かな里山や美しい川の中で遊び、自然の恵みと共に育ってきたという。
冨成氏「幼い頃は、料理人であった父と山菜を採りに山へ行ったり、川や海で釣りをして調理したりすることが楽しみでした。しかし、高校卒業後に大阪の調理学校へ進学し、その後大阪や京都のホテルなどでの修行を終えて地元に帰ると、環境はひどく変わっていました。家の前の町野川にたくさんいたはずの蛍やドジョウは姿を消し、里山も管理されずに荒れ始め、山菜やキノコは採れなくなっていました。川魚も釣れなくなり、川漁師の姿も見られなくなりました。」
自然環境の悪化に加えてさらに深刻であったのは、過疎化と高齢化による人口の減少。人口減少に伴い年々下がり続ける売り上げに、このまま輪島の地でお店を存続することができるのか、不安と危機感を募らせる日々を送っていたという。
地域活性化と環境保全の糸口、ヤツメウナギ
どうにか地域を活性化し、里山や里海を保全できないかと模索する中で、ヤツメウナギのことを思い出したという。
冨成氏「ヤツメウナギは、“ウナギ”といっても魚ではなく円口類に属す食材です。味は鰻と鶏のレバーの間のような味で、かつては『町野川と言えばヤツメウナギ』というくらいたくさん捕れていました。ヤツメウナギをお店で使いたいと思った私は、川漁師さんの元へ訪ねましたが、今は年間10匹程度しかとれず、全て大学の教授に研究用として送っているとのことで断られてしまいました。」
冨成氏「そうしたなか、川漁師さんに『石川県立大学の教授がヤツメウナギ人工授精に成功』という新聞記事を見せてもらう機会がありました。『これだ!』と、地域活性化と環境保全の糸口が見えた気がしました。すぐに教授の連絡先を教えてもらい、協力させてくださいと連絡しました。また、漁業組合にも加入し、今の取り組みをスタートさせました。」
冨成の考える、守るための仕組みづくり
大学や漁業組合と力を合わせ、環境保全への取り組みをスタートさせた冨成氏。転機となったイベントの一つが「世界農業遺産国際シンポジウム」だったという。このイベントへの参加が、”守るための仕組みづくりの大切さ”に気付き、考え始めたきっかけになったという。
町野川漁業協同組合の取り組みとして、放流体験や川遊び体験、清掃活動を通じた子どもたちへの環境教育を実施。町野川再生プロジェクトでは、協賛する企業に対してプロジェクトシールを1枚25円で販売し、保全活動の資金調達の仕組みづくりにも成功。プロジェクトシールは、累計7232枚の売り上げを達成し、現在では寄付金もいただけるようになったという。また、調達した資金をもとにヤツメウナギ人工繁殖にも取り組んでいるという。
また、「日本料理 富成」では、“料理で能登の人と里山を元気にしたい”という想いのもと、川の食材を中心にした料理を提供している。食材調達に関しては、自ら山や川に入って採集した天然食材や、自身で栽培している無農薬無肥料のお米や野菜を使用しているという。
お店のサステナビリティ推進度合いを可視化
三人目の登壇者は、株式会社Innovation Designのサステナブル デザイン室長・表秀明氏。Innovation Designは「『ひと』と『地球』の未来を描く」をビジョンに掲げ、飲食・小売・コンサルティング事業を通して社会課題の解決を目指している。
同社が運営する飲食店「KITCHEN MANE」「haishop cafe」「KIGI」の3店舗は、日本サステイナブル・レストラン協会による持続可能なフードシステムを実現するための飲食店格付けプログラム「FOOD MADE GOOD」で日本初の三つ星を獲得している。
同社がサステナブルな飲食店づくりを推進するきっかけとなったのが、日本サステイナブル・レストラン協会が提供するFOOD MADE GOOD50セルフ・アセスメント・ツールだったという。
表氏「このセルフ・アセスメント・ツールは、50問の設問に答えることで、飲食店のサステナビリティ推進度合いを可視化することができる自己診断チェックシートです。設問に回答すると、『調達・社会・環境』の3つの項目において、今後改善を進めていくためのアドバイスを踏まえたレポートが届きます。このツールを利用することによって、今後やるべきことが明確になりました。」
スタッフ全員と行う、社会問題を理解するための取り組み
また、Innovation Designでは個々のスタッフに対してさまざまな環境課題に関するテーマを渡し、学びの機会を設けている。具体例や現状、すでに世界で実践されている改善への取り組みなどについて各々で調査してもらい、部署や役職に関係なく、社員全員に対してそれそれの学びをプレゼンテーションする。これにより、一人の学びを会社全体の学びに変えることができるという。
表氏「弊社では、社員全員がサステナブルデザイナーという肩書きを持っています。サステナブルデザイナーは、“より多くの人に社会的課題の背景やストーリーを伝える”という役割を担っています。多くの人が知ることで、共感や気づきとなり、ひとりひとりの選択や行動の変化となります。そして、それは社会や未来を変えていくことにも繋がります。様々な社会課題がある中で、解決する方法は1つではないからこそ、対話を大切にしています。上手じゃなくても自分の言葉で話すことが大切だと考えています。」
その他にも、社会課題をテーマにした映画を鑑賞し、感想を交換し合う映画祭を実施し、社員同士の対話の機会を設けるなど、完璧でなくても自分で出来る範囲でサステナビリティに貢献することを大切にしているという。
同時に、社内の対話だけでなく生産者やお客さまとの”対話”も重要視している。実際に生産者の元へ足を運ぶことで知った、生産者の想いや声、食材のルーツを、お客さまとの対話のなかで伝えている。
陶磁器メーカーが目指す、サーキュラーエコノミーの実現
四人目の登壇者は、当ウェブメディアを運営する、ニッコー株式会社の陶磁器事業部 営業課長の伊藤健史氏だ。ニッコー株式会社は1908年の創業以来100年以上にわたり陶磁器づくりに取り組んできたメーカー。原料の調合から最終工程に至るまで、一貫して石川県の自社工場で生産を行なっている。
伊藤氏「近年では美しい陶磁器づくりに欠かせない上質な石や粘土などの天然資源が過剰な採掘により年々枯渇傾向にあり、一部の原材料ではすでに調達価格の高騰が始まっています。さらに、日本の陶磁器事業全体が斜陽傾向にあり、従来の大量生産・大量消費・大量廃棄というリニアエコノミーのモデルには限界がある。そうした課題に向き合うため、同社は2021年4月に原料調達から製品デザイン、物流、製品利用、回収にいたるバリューチェーン全体において、よりサステナブルで循環型の事業の実現を目指す「NIKKO Circular Lab」を立ち上げました。」
100年後の、循環する未来をデザインする
NIKKO Circular Labでは、「100年後の、循環する未来をデザインする」をテーマに、原材料の調達から製造、物流、利用、回収にいたるまで、陶磁器の事業に関わる一連のバリューチェーン全体において、サーキュラーエコノミー(循環経済)の原則に沿った取り組みを進めている。具体的な取り組みの一部をご紹介したい。
伊藤氏「sarasubは、取り皿に特化した食器のサブスクリプションサービスです。取り皿を購入するのではなく毎月定額でレンタルすることで、初期コストを抑えながらニッコーの上質な取り皿を使用できることがメリット。お食事をされるお客さまの一番近くにある取り皿をグレードアップさせることで、お客さまの満足度向上に繋がります。また、これまで欠けや割れで廃棄せざるを得なかった食器をニッコーに返却することで、産業廃棄物にかかっていたコストも削減できます。
契約満了後に食器は回収され、できる限りリユース(再利用)・リペア(修理)・リファービッシュ(再製造)を行い、使えなくなってしまったお皿もリサイクルすることで、食器の循環を目指しています。」
伊藤氏「また、ニッコーでは、ボーンチャイナの原料の主成分であるリン酸三カルシウムが肥料として有効なことから、生産過程で生じる規格外品を肥料としてリサイクルする技術を確立。農林水産省より2022年2月10日に肥料として認定され、同年3月に「BONEARTH(ボナース)」として発表しました。
現在国内で使用されているリンは、ほぼ海外(主に中国)からの輸入に頼っており、輸入価格の高騰により肥料価格は大幅に上昇しています。これまで欠けや割れで産業廃棄物として廃棄せざるを得なかった食器をリン酸肥料として活用し、国内で循環させることで、サステナブルな食料生産にも繋がります。」
その他にもニッコーでは、日本のビジネスシーンなどで昔からなじみ深い使い捨てプラスチック製コーヒーカップをオマージュした陶磁器製のマグカップ「#Single use Planet」を製造。売上の一部を海洋プラスチック問題に取り組むNPO法人に寄付を行っている。現在も、サーキュラーエコノミーの実現に向けたさまざまな取り組みが進行中だ。
編集後記
今、私たちの社会は、さまざまな環境課題に直面している。食の未来について考えていく上で、ホテルや飲食店のサステナビリティへの配慮は必須事項となりつつある。
一方で、現在のフードシステムにおけるサステナビリティへの対応は、まだまだ不十分であることが現状だ。食に関わるすべての人々が、自然環境に配慮した取り組みに焦点を当て、行動に移していくことは持続可能なフードシステムの構築・持続可能でよりよい世界の実現に繋がるだろう。
一見些細なことのように思える取り組みであっても、ひとりひとりの小さな積み重ねによって、サステナビリティが波及する流れを作ることができるのではないだろうか。ニッコー株式会社では、今後も食のサステナビリティに関するイベントやセミナーを開催予定だ。こうしたイベントに参加することが、取り組みの第一歩につながるかもしれない。
【参照サイト】外務省 公式HP 【SDGsとは?】
【参照サイト】Innovation Design運営の3店舗が、レストランのサステナビリティ格付けで日本初の三つ星を獲得
【関連サイト】 ニッコー株式会社公式サイト