美しく豊かな海に囲まれた日本では、食文化に「魚」が深く根付いている。一方で、近年さまざまな社会・環境問題に起因して、水産資源の枯渇が深刻化していることをご存知だろうか。

食文化を継承し豊かな食の未来を守るためには、水産資源を取り巻く現状を知り、持続可能な利活用を推進する必要がある。そこで今回のコラムでは、水産資源に関わるサプライチェーンが抱える問題について、事例とあわせて詳しく紹介する。

目次

1.世界的に急増する、消費量

水産庁の発表によると、世界では1人1年あたりの魚介類の消費量が過去50年間で約2倍に増加している。特に新興国を中心に消費量が急増しており、過去50年間で中国では約9倍、インドネシアでは約4倍に増加した。

さらに、1972年時点で37億8200万人だった世界の総人口は、2022年11月15日時点で80億人に到達し、過去50年間で2倍以上に増加。畜産の飼料の原材料として魚介類が使われることも増えたため、世界全体の魚介類の消費量は過去50年間で約5倍にもなった。

また、国連による世界人口推計によると、世界の人口は2019年の77億人から2030年の85億人へ、さらに2050年には97億人、2100年には109億人まで増加すると予測されており、今後さらなる消費量の増加が見込まれている。

2.温暖化による生態系の崩壊

地球温暖化の影響による海水温の上昇は、海の生態系の崩壊を招く。国際的な総合科学誌「Nature」に掲載された論文によると、魚の成育に欠かせない植物性プランクトンが毎年1%の割合で減少しており、2010年時点で1950年に比べ40%も減少した。植物性プランクトンの減少速度は海水温の上昇速度と一致しており、今後さらに温暖化が進むと海の食物連鎖が崩れる恐れがあるという。

海水温が上昇すると、海藻を餌とする「ウニ」や藻食性魚類などの生物が冬でも活発に活動するようになり、海藻が群生する藻場が食害によって著しく衰退し海底の岩礁が露出してしまう「磯焼け」現象を引き起こす。

ウニは“休まず食べ続ける”という習性を持っており、藻場の昆布を全て食べ尽くしても、その他の海藻などをエサに細々と生き続け、身入りが悪く商品価値のない「ヤセウニ」となる。この「ヤセウニ」の大量発生によって磯焼け問題がさらに深刻化すると、「身の詰まったウニ」やウニと同じく昆布をエサにする「アワビ」や「サザエ」、その他の藻食性魚類が生息できなくなることが問題視されている。

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3.漁業の問題

漁獲量を増やすための「混獲・乱獲」

世界で魚介類の消費量が増加していることに伴い、漁獲量が急増している。水産庁が公開している資料によると、1960年に3687万トンだった世界全体の漁獲量は、2018年時点で約2.5倍の9758万トンにまで増加した。

一方で、効率を重視した漁法が普及したことで、漁獲対象でない魚やウミガメなどまで捕らえてしまう「混獲」や、稚魚や排卵前の魚まで過剰に漁獲してしまう「乱獲」、一緒に獲れてしまった商品価値の低い魚が「未利用魚」として廃棄されるなどの問題が生じている。また、海底に袋状の網を投げ入れて、漁船で網を引き回すことで海底付近にいる魚を獲る「底びき網漁」においては、海底の環境を損傷させ、生態系破壊を招くとして問題視されている。

こうした現状の改善を目指し、持続可能な漁業の普及に努める非営利団体海洋管理協議会「MSC」は、世界的な認証規格「MSC認証」を発行している。例えば、マグロ漁などに用いられる円形に広げた網で群れごと包囲する漁法「まき網漁」では、魚の数が減少しても漁獲量を維持できる一方で乱獲につながることが問題となっている。そこで同協議会は、確実に十分な量の稚魚を海に残しながら漁を行っている漁業者を認証し、商品に「海のエコラベル」と呼ばれるMSCラベルを表示することで、水産資源の保全に努めている。

また、食材としては十分利用できるのにもかかわらず、活用されていなかった未利用魚を有効活用するために、さまざまな開発が進んでおり、商品化も始まっている。

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フカヒレ漁など、倫理観に反した漁法

フカヒレ漁は生きたままサメからヒレを切り取り、その後再び海に戻す「シャークフィニング」という漁法で行われる。ヒレを失ったサメは当然泳ぐことができず、海の底に沈み、死んでしまうことから、アニマルウェルフェアの観点で長年問題視されている。

世界では既にフカヒレ漁に対する動きがあり、アメリカではハワイ、ワシントン、オレゴン、カリフォルニアでフカヒレの所持、販売、消費が禁止されている。また、カナダのトロントでもフカヒレの消費が禁じられており、イギリスでは缶詰のフカヒレスープなど、フカヒレを含むすべての製品の輸出入を禁止する法律が世界で初めて制定された。

こうした動きはフカヒレ発祥の地である中華圏にも広がっており、香港を拠点とする高級ホテルグループ「シャングリ・ラ ホテルズ&リゾーツ」と「ザ・ペニンシュラホテルズ」は、2012年より、展開する世界中すべてのホテルでフカヒレ料理の提供を停止している。

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漁具の流出が引き起こす「ゴーストフィッシング」

さらに、海に流出した漁具の問題も深刻だ。カリフォルニアとハワイの間の亜熱帯海域に形成された「太平洋ゴミベルト」と呼ばれる世界最大規模の漂流ごみのたまり場では、辿り着く漂着物のうちの半数近くが漁具だという。

漁具は主にプラスチックで作られており、一度流出すると何年もの間原型を留めたまま海の中を漂い続ける。流出漁具は海洋生物に深刻な悪影響を与えることから「ゴーストギア(幽霊漁具)」と呼ばれており、意図せず海洋生物を捕獲し殺してしまう「ゴーストフィッシング」という問題を引き起こしている。

こうした現状の改善を求める動きは日本でも広がっており、日本政府が制定した「プラスチック資源循環戦略」の重点戦略には「漁具等の陸域回収徹底」が盛り込まれ、漁具の適切な管理やリサイクル技術の必要性を呼びかけている。

4.違法漁業(IUU漁業)の問題

違法な漁業者による損害

「IUU漁業」とは、密漁や漁獲量の過少報告を行う漁業、地域漁業管理機関(RFMOs)対象海域での無認可漁船による漁業、旗国なしの漁船による漁業などの「違法漁業」を指す。IUU漁業は、世界の漁獲量のうちの3割を占めると推定されており、日本が輸入する天然水産物の最大3割が、IUU漁業由来の可能性があると言われている。

IUU漁業で獲られた水産物は安価で売買されるため、認可を受けて正しい方法で漁業を行う漁業者が損害を被る要因にもなっている。「WWFジャパン」によると、2015年に日本が輸入した天然水産物のうち1800~2700億円がIUU漁業によるものであると推定されている。また、世界全体のIUU漁業による被害額は推定で1兆1000億円~2兆5845憶円であるという。

水産資源の枯渇

違法な漁業「IUU漁業」による損害は金銭面以外にも生じており、乱獲による水産資源の枯渇や、実態を隠蔽するために漁具を海に投棄することでゴーストフィッシングを引き起こす可能性も危惧されている。

世界的にIUU漁業への規制強化の動きが進みつつあるなかで、日本でも違法漁業の流通防止を目的とする「水産流通適正化法(正式名称:特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律)」が2022年12月1日に施行された。一方で、この法律の対象種は国内水産物3種、輸入規制対象4種のみであり、EUでは既に全魚種が対象、アメリカでも全魚種に向けて進んでいることを踏まえると、日本がIUU水産物の抜け穴となる可能性を指摘する声が上がっている。

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児童労働や強制労働による人権侵害

また、IUU漁業では人身売買や児童労働、強制労働による深刻な労働人権侵害の問題も生じている。2020年5月に判明した「中国漁船Long Xing 629号事件」では、人材斡旋会社を介して虚偽の業務内容や報酬を伝えられて乗船した24名のインドネシア人乗組員のうち4名が過酷な労働によって亡くなった。そのうち3名の遺体は海に遺棄され、乗組員のほとんどが栄養失調とビタミン欠乏症に罹患していた。

インドネシア人乗組員には正当な報酬も支払われておらず、就労開始前に手数料という名目で高額な借金を背負わされ、報酬のほとんどをその返済に充てられていた。パスポートを奪われ、抵抗できない状態になったインドネシア人乗組員は、満足な食事や水も与えられず、暴行に耐えながら1日18時間を超える労働を強いられていたという。また、Long Xing 629号はマグロ漁の認可を取得していたが、実態はマグロ漁だけでなく違法なフカヒレ漁も行っていた。

IUU漁業を行う漁船は海上に長期間滞在するため、実態を掴むことが難しいのが現状だ。こうした痛ましい事件を防ぐために、生産についての情報や経路が把握できる「トレーサビリティ」が明確な水産物を調達することが望ましい。

5.養殖業の問題

海岸環境の破壊・餌魚の乱獲

天然の水産資源の枯渇が深刻化するなか、急増する需要を満たす方法として重視されているのが「養殖漁業」だ。水産庁の発表によると、1960年時点で211万トンだった世界の養殖業生産量は2018年に11451万トンになり、約30年間で54倍以上に増加した。養殖漁業は通常の漁業に比べ供給量が一定であるため、安定的な食糧供給の面からもメリットが大きく、今後世界人口の増加に伴いさらなる市場拡大が見込まれている。

一方で、養殖場を建設するために沿岸の自然環境が破壊されたり、養殖場が排出する排水や廃棄物に含まれる有害物質が海の水質を変化させるなど、養殖業の拡大による悪影響も問題視されている。また、養殖魚の餌は天然魚であることが多く、例えばブリは1kgにつき6~9 kg、マグロは1kgにつき15kgもの餌魚を必要とするため、養殖漁業の市場が拡大すればするほどイワシなどの天然魚が多く必要となり、乱獲につながる恐れもある。

こうした現状の改善をするため、「責任ある養殖」の普及促進を目指す非営利団体水産養殖管理協議会「ASC」は、世界的な認証規格「ASC認証」を発行している。ASC認証を取得するためには、生産者は漁場環境を良好に保つのはもちろん、餌原料となるイワシなどの乱獲を防止するため、その資源状態に関する要件を満たすこと、適切な魚病管理を行うこと、労働者の人権を守り、地域社会へ配慮することなどが求められる。ASC認証を取得した養殖場で育てられた水産物には「海のエコラベル」と呼ばれる「ASCラベル」を表示できる。

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まとめ

いかがだっただろうか。今回のコラムでは、水産資源に関わるさまざまな問題について、事例とあわせて詳しく紹介した。欲しい時にいつでも、必要な水産物が調達できるという現状は決して当たり前ではない。

持続可能な資源として保つためには、漁業においても養殖漁業においても適切な資源管理が必要不可欠であり、飲食店も魚を提供する立場としてこうした現状を正しく知ることが大切だ。今後も安定的に魚を提供していくためには、認証を取得しているトレーサビリティが明確な水産物の利用や未利用魚の活用を積極的に行い、水産資源の保全に貢献していくことが重要なのではないだろうか。

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