新型コロナウイルス感染症の流行により、ホテルの稼働率が低下する状況が続いた。一方で、観光業の成長率は全体の経済成長率に比べ、早い傾向にあるとも言われており、感染者数が減ってきた今、すでに賑わいを取り戻す観光地も出てきている。また、コロナ禍でサステナブルな旅行を意識するようになったという人も増えてきている。そこで、今回から複数回に分けて、ホテルの「サーキュラーエコノミー」に関するヒントをお届けする。
第1回目となる今回は、「サーキュラーエコノミー」の基礎的な概念と、ホテルがどのようにサーキュラーエコノミーを実践できるかについての概要を紹介する。サーキュラーエコノミーという言葉を初めて聞くという方も、ぜひ参考にしていただきたい。
サーキュラーエコノミーとは?
サーキュラーエコノミーは、日本語では「循環経済」と訳される。従来の3Rの取組に加え、資源投入量・消費量を抑えつつ、限りある資源を有効活用しながら、付加価値を生み出す経済システムのことを指す。
従来型の大量生産・大量消費・大量廃棄を前提とする一方向型のリニアエコノミー(直線経済)は、気候変動問題、天然資源の枯渇、生物多様性の破壊などさまざまな環境問題を加速させた。そこで、廃棄物や汚染を可能限り減らして環境負荷を抑えながら、資源を循環させ続けていくことで経済成長するサーキュラーエコノミー(循環経済)への移行を目指すことが世界の潮流となっている。
サーキュラーエコノミーの3原則
イギリスに本拠を置くサーキュラーエコノミーの推進機関エレン・マッカーサー財団は、サーキュラーエコノミーの原則として下記の3つをあげている。
- 原則-1:自然の仕組みを再生する(Regenerate natural system)
- 原則-2:原材料と製品を使い続ける(Keep products and materials in use)
- 原則-3:廃棄物と汚染をあらかじめ出ないように設計する(Design out waste out pollution)
このうち、もっとも重要となるのが原則-3「廃棄物と汚染をあらかじめ出ないように設計する」だ。サーキュラーエコノミーは、商品やサービスを設計する最初の段階から廃棄物や汚染が出ないようなデザインをすることから始まる。そして、一度つくったものはできるかぎり長く経済システムの中で使い続け、そうすることによって自然の仕組みをよりよくしていく、というのがサーキュラーエコノミーのビジョンだ。
「バタフライ・ダイアグラム」
この3原則に基づく循環のイメージを分かりやすく表現しているのが、下記の「バタフライ・ダイアグラム」だ。左右の循環の円が蝶の羽のように見えることがその名の由来だ。
バタフライ・ダイアグラム-3つの層
一番左側に書かれているのが、サーキュラーエコノミーの3原則。バタフライ・ダイアグラムでは、3原則が3つの層として表現されている。原則-1の層では、再生可能な資源(太陽光エネルギーなど)または有限な資源(石油や鉱物など)を採掘する工程が示されている。採掘された資源が原則-2の層に投入され、姿を変えながら製品として使用される。そして、消費者・利用者が使用後に製品を廃棄すると、原則-3の層にどんどんと廃棄物が蓄積されていく。この際、1から3までの流れが直線的になっているのがリニアエコノミーだ。一方で、できるかぎり2の層の中で資源や製品を循環させ続け、3の層に落ちていく廃棄物や汚染をゼロにするのがサーキュラーエコノミーとなる。
バタフライ・ダイアグラム-左右のサイクル
図の中では、左側と右側でサイクルが分かれている。左側は、食品や綿、木材といった有機物の循環を示す「生物サイクル」。右側は、自動車やプラスチックなどそのまま自然界に流出すると悪影響が生まれてしまう工業製品のサイクルを表す「技術サイクル」だ。ホテルの場合、レストランの食材や各部門で使われる天然素材の布製品や家具が「生物サイクル」で、電化製品や送迎バスなどは「技術サイクル」に含まれる。また、建物自体は両方のサイクルが必要な場合が多い。木材部分は左側の生物サイクルに、そのほか金属部分などは右側の技術サイクルに分けて循環を回さなければならない。そのため、修繕や建て壊しの際にはしっかりと分離できるように最初からデザインされている必要がある。
バタフライ・ダイアグラム-左右のループ
左右ともにサイクルの中で複数のループが存在している。サーキュラーエコノミーにおいてはより内側のループが環境に配慮した取り組みとされている。
例えば、生物サイクルの一番内側にある「カスケード利用」は、木材をできる限り建材や住宅資材、家具として利用し、細かな端材までも製品として活用し、どうしても利用できない部分を燃料化する方法のことだ。成長に時間を要する木を一瞬で燃やしてしまうのではなく、建材・資材利用できない部分または、長年の役目を終えた木材をバイオマス利用することで環境負荷を軽減する。外側のループでも、役目を終えた製品を最終的には微生物に分解してもらい、バイオガスや土壌を豊かにする肥料に変えるなど、自然の仕組みの中に戻すことが重要となる。
技術サイクルでは維持・長寿命化、シェア、といった方法が一番内側にくる。逆に一番外側にあるループは「リサイクル」。リサイクルとは製造した完成品を一度原材料レベルまで戻すことを指すため、製品の製造に使ったエネルギーや水などが全て無駄になってしまう。また、リサイクル自体にもエネルギーを必要とするため、必ずしも環境に優しい選択とはならないこともある。
ホテルにおけるサーキュラーエコノミーとは?
3原則とバタフライ・ダイアグラムによってサーキュラーエコノミーの概念や基礎について説明してきた。これらをホテルに当てはめてみよう。
3原則に当てはめる
まずは、3原則の言葉にあてはめて、サーキュラーエコノミーの原則を適用したホテルをイメージしてみよう。
- 原則-1:自然の仕組みを再生するホテル
- 原則-2:原材料と製品を使い続けるホテル
- 原則-3:廃棄物と汚染をあらかじめ出ないように設計するホテル
バタフライ・ダイアグラムをベースにインプットとアウトプットを考える
バタフライ・ダイアグラムをベースにして、ホテルのインプットとアウトプットを考えてみよう。
原則-1の層でホテルに投入される資源には、電力・ガス・水といったインフラに加え、ホテルの建物や内装に使われる建材などがある。部門別に見てみると、FFE(Furniture・Furnishings・Equipment)では家具・室内装飾・備品が、OSE(Operating Supplies & Equipment)では運営備品にあたる食器、宴会用品、家電品、ユニフォームなどさまざまなだ。
原則-2の層では、それらの資源が実際にホテルで使用される。その際、汚れた水、壊れた備品、使い捨ての衛生用品、アメニティ、食品ロスなど毎日さまざまな廃棄物がホテルから出ている。サーキュラーエコノミーの原則を適用したホテルのゴールは、これらの廃棄物をゼロにし、生物サイクルまたは技術サイクルのいずれかを通じて一度使用した資源を循環させ、再び使用することにある。
生物サイクルの例として、ホテルニューオータニ東京では「コンポストプラント」を使い、ホテルの厨房から出る生ゴミを100%資源化する取り組みを行なっている。また、技術サイクルとしては、GOOD NATURE HOTEL KYOTOが行なっている、客室の茶器が欠けた場合に金継ぎを施すことによって付加価値をつけ、再び使用する取り組みが好例だ。
そして、原則-3「廃棄物と汚染があらかじめ出ないように設計するホテル」。これは、今後建設・改装予定のホテルにとっての課題になるが、サーキュラーエコノミーの考えが日本よりも進んでいるオランダのアムステルダム市内ではすでに、市が定めるサステナブルな基準を満たしたホテルでなければ開業できないことになっている。
いかがだろうか。今回はサーキュラーエコノミーの基本的な概念を説明し、それらをホテルに置き換えることによってサーキュラーエコノミーを身近に感じてもらうことをテーマとした。次回以降は、サーキュラーエコノミーに関連した「制度」や「調達」、「コミュニティ」など具体的なテーマでお届けする予定だ。
【参照サイト】循環経済(サーキュラーエコノミー)に向けて|環境省
【参照サイト】Circular Economy Hub Learning #3
【関連記事】レストランのサーキュラーエコノミーを考える(1)基礎編