「ウェルビーイング(well-being)」という言葉をご存知だろうか。ウェルビーイングとは、身体的・精神的・社会的な健康を意味する概念のこと。世界保健機関憲章(日本WHO協会仮訳)の前文にも、「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが 満たされた状態にあることをいいます。人種、宗教、政治信条や経済的・社会的条件によって差別されることなく、最高水準の健康に恵まれることは、あらゆる人々にとっての基本的人権のひとつです。」とあり、“誰一人取り残さない”社会の実現において不可欠なキーワードだといえる。

そうしたなか、ザ・キャピトルホテル 東急では2023年2月18日に「ウェルビーイング」をテーマにしたイベントが行われた。「食で地球の未来を拓く『サステナブル テーブル』持続可能な美食の探求 ~最終章 ウェルビーイング~」と題したこのイベントは、食に関するサステナブルな取り組みの発信とその促進を目的にシリーズ形式で開催。今回のイベントは4回目となり最終章にあたる。

料理を手がけるのは、日本サステイナブル・レストラン協会のプロジェクト・アドバイザー・シェフでONODERA Groupエグゼクティブシェフである杉浦仁志氏と、ザ・キャピトルホテル 東急の総料理長である曽我部俊典氏。当日は、両シェフによる食材や調理法のプレゼンテーションとともに、ウェルビーイングなコース料理が提供された。

ONODERA GROUP エグゼクティブシェフ
杉浦 仁志 Hitoshi Sugiura(写真左)

大阪府生まれ。2009年渡米。料理業界のアカデミー賞とされる“ジェームス・ビアード”受賞のジョアキム・スプリチャル氏のもとLA・NYCのミシュラン星付きレストランで感性を磨き技術を習得。エミー賞授賞式・NYCティファニープライベートイベントをはじめ、国連日本政府代表部大使公邸で開催された、安倍元総理大臣はじめ各国大統領・国賓関係者のレセプションイベント日本代表シェフとして2年連続責務。国内外で培った国際的な食経験を通じ、日本におけるヴィーガン・プラントベース調理の第一人者として活躍。現在は“Social Food Gastronomy”と称し食を通じたより多角的な社会貢献活動から持続可能な社会を推進し、日本サステイナブル・レストラン協会プロジェクトアドバイザーを務める。

ザ・キャピトルホテル 東急 総料理長 兼 副総支配人
曽我部 俊典 Toshinori Sogabe(写真右)

神奈川県生まれ。大阪の調理師専門学校卒業後、愛媛県のホテルに入社。26歳でフランスに渡り、本格的にフランス料理を学ぶ。帰国後、1987年名古屋東急ホテルに入社。2001年セルリアンタワー東急ホテル「クーカーニョ」シェフへ就任し、2007年「ミシュラン東京’08」一ツ星を獲得。2008年横浜ベイホテル東急 総料理長へ就任し、2017年からは副総支配人も兼任。2019年4月から現職。お客さまの心に残るおもてなしの追求と、絵画をイメージしたメニューの創作など、新しい料理の世界を開拓し続けるほか、後進の育成にも力を注いでいる。

一般社団法人 日本サステイナブル・レストラン協会(企画・協力)
日本サステイナブル・レストラン協会は、食のアカデミー賞と称される「世界のベストレストラン50」でサステナブル・レストラン賞の評価も行う英国本部と連携し、気候変動や森林破壊などの地球環境問題や人権・労働問題などのグローバルなサステナビリティの課題解決を行うために、サステナビリティの格付けやキャンペーンを実施。サプライヤー、飲食店レストラン、消費者コミュニティの構築を通して、フードシステムの課題解決に取り組み、食の持続可能性を推進している。

食べて、学んで、心身ともに健康に

第1章「プラントベースフード」、第2章「食品ロス」、第3章「サステナブルシーフード&ベターミート」に続き、集大成となる最終章。

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杉浦シェフ「『ウェルビーイング』という壮大なトピックスですが、人の体はもちろんのこと、精神的な部分や社会的な部分に対しても豊かな生活を育んでいくことがテーマにあります。今回は曽我部総料理長と考案したなかで、根幹にある健康的な部分に相対的にアプローチしたいと思っています。食べて、学んで、心身ともに健康になって帰っていただきたいです。」

食のサステナビリティを考える

今回のイベントでは企画協力を行う、一般社団法人「日本サステイナブル・レストラン協会」代表理事・下田屋毅氏より、同協会の活動やウェルビーイングの重要性についてのスピーチも行われた。

下田屋氏「何も意識せず食材を選ぶことで、知らず知らずのうちに環境・社会課題に加担してしまっている場合があります。安価でトレーサビリティのとれていない食材は、強制労働や児童労働や森林破壊などにつながっているケースも多く、飲食店として、自分たちがどのような背景を持つ食材を選んでいるのか意識することはとても重要です。美味しさだけでなく、どのように作られたのか、栄養や健康に配慮されたものなのか、エネルギー削減はできているか、働く人たちの労働環境は適切かどうか、といった視点が必要です。」

日本サステイナブル・レストラン協会(SRA-J)は、持続可能な食の循環を実現させることを目的に2010年に英国で設立された団体の日本支部。サステナブルなフードシステムの実現に向けて、レストランやサプライヤーの人たちと共に、サステナビリティの推進に取り組んでいる。協会のレーティングは、食のアカデミー賞として知られる『世界のベストレストラン50(The World’s 50 Best Restaurants)』の評価指標にも使われている。

下田屋氏「『Happiness(ハピネス)』は瞬間的な幸せを表す英語で、『Well-being(ウェルビーイング)』は持続的な幸せを意味します。飲食店はステークホルダーに対して、美味しさだけでなく健康に配慮されたものを提供し、限りある資源を大切にしながら生産者の想いや生産工程をきちんと説明する責任があります。ひとり一人が幸せであり、そのうえで経済・社会・環境のバランスの取れた状態である、ということが重要です。」

ウェルビーイングをテーマにしたコース料理

【アミューズ】曽我部総料理長:(奥左)ベジブロスと甘草のスープ(奥右)からだに優しいモッツァレラボール、杉浦シェフ:(手前左)鶏胸肉とトマトとアボカドのクリスタルタルト、(手前右)海藻と魚介のクリスタルタルト

曽我部総料理長の「皆さまの幸せに乾杯!」という発声とともに、いよいよコースがスタート。
杉浦シェフ「今回のアミューズのタルトは『海と山』がコンセプト。最近、改めて食物繊維の重要性が見直されており、なかでも血糖値の上昇を抑える効果のある水溶性食物繊維を含む『海藻』は健康の万能選手。タルトの上にのっているクリスタルのような蓋は、海藻で作っています。もう一つは、アボカドと鶏の胸肉を使ったタルト。鶏の胸肉は糖質が低く、タンパク質と必須アミノ酸がバランス良く含まれているため効率良くアミノ酸を吸収できる食材です。」

曽我部総料理長「クコの実や蓮の実、甘草などの薬膳料理の食材を使った温かいコンソメベースのスープには、カレー風味のホイップクリームをのせて仕上げています。もう一品のモッツァレラボールの中には、特殊な炊飯器を使用し、炊いてから5日間おいて発酵させた発芽玄米のご飯が入っています。」

【メモリアル前菜の共演】杉浦シェフ:(左)ブーケ、曽我部総料理長:(右)ホワイトアスパラガスと青リンゴのマリアージュ

メモリアル前菜は、「生産者の方々へ感謝の花束を」との想いで考案された一皿。
曽我部総料理長「旬のホワイトアスパラガスのソテーは、ホワイトアスパラの旨みを残しつつ、独特のクセを緩和させるためにりんごと組み合わせています。」
杉浦シェフ「4種類の根菜を花束のがくに見立てた前菜は、精進料理のテクニックを複合したもの。中には白和えをアレンジしたものが入っています。」

【冷前菜】曽我部総料理長:ボーンチャイナに載せたボナース野菜の菜園仕立て

続いての、曽我部総料理長による冷前菜は、サステナブルな肥料「BONEARTH(ボナース)」で育てられた野菜と大豆ミートを使った一皿。「BONEARTH(ボナース)」は、創業1908年の老舗陶磁器メーカー「ニッコー株式会社」による、捨てられる食器で作られた肥料。同社では、ニッコーファインボーンチャイナ製の食器に多く含まれる「リン酸三カルシウム」が肥料の重要な成分であることに着目し研究開発に着手。肥効の実証や県や農林水産消費安全技術センター、農林水産省と相談を重ね、2022年2月10日に肥料として認定された。植物の成長に不可欠な栄養素であるリンは、ほぼ全てが中国をはじめとする海外からの輸入に頼っているのが現状だ。ニッコーでは、これまで欠けや割れで産業廃棄物として廃棄せざるを得なかった食器をリン酸肥料として活用し、国内で資源として循環させることで、サステナブルな食料生産にも繋がると考えている。

【関連記事】 BONEARTH(ボナース)捨てられる食器から生まれた美しい肥料

曽我部総料理長「SDGsな畑をイメージした今回のメニュー。BONEARTHを使用している都内の農家で作られた葉物野菜を使っています。畑の土に見立てた部分は大豆ミートです。ニッコーファインボーンチャイナの食器で作られた肥料で育った野菜が再びお料理としてニッコーの食器の上に戻ってくる、というサーキュラーエコノミーを実現しています。」

【お魚料理】曽我部総料理長:東京湾で水揚げされた鱸のプレッセ 山菜のフリットを添えて

曽我部総料理長「地産地消とサステナブルシーフードに配慮し、東京湾で獲れた鱸(すずき)を使ったメニューです。日本料理で使用する流し缶でプレスすることで、見た目も美しく、鱸を無駄なく使うことができます。」

【トリュフ料理】杉浦シェフ:トリュフエッグとキノコのバリエーション 菊芋のソース

“美味しく健康である食事”を追及する杉浦シェフは、アンチエイジング・認知症予防を研究する白澤卓二医師とともに、食事療法のメニュー開発にも取り組んでいる。

杉浦シェフ「ソースに使った菊芋は、血糖値のコントロールに大きな働きがある『イヌリン』を非常に豊富に含みます。社会問題ともいえる認知症で生じる、脳の海馬の炎症を抑える効果もあると言われています。」

【お肉料理】杉浦シェフ:グラスフェッドスモークラム 熟成果実のソース

杉浦シェフ「低カロリーで脂肪燃焼効果の高いラム肉。今回は牧草のみを食べて育ったラムのお肉をスモークしました。ドライカレーのガルニチュールは、クミンをはじめとするスパイスがポイント。クミンは酸化を抑える効果があります。スパイスという食材は少量でも健康に程よい効果が期待できます。」

【デザート】ペストリー 安里シェフ:(左)タルト・タタン・ア・マ・ファソン【プティフール】安里シェフ:(右手前)クロワッサン プティング【フレッシュハーブティー】曽我部総料理長:(右奥)フレッシュハーブティー

安里哲也シェフ「英国に『1日1個のリンゴは医者を遠ざける』ということわざがあるほど、健康効果の高いリンゴ。出荷基準に満たない、規格外のリンゴを使用しています。タルト・タタンのお皿の文字は、リンゴの皮を乾燥させたパウダーで描きました。プティフールは、朝食で余ったクロワッサンをパンプティング風に焼きあげています。」

【パン】ベーカリー 杉澤シェフ:(左)プティ・パン・ド・ミ・ノワール(右)バケットカンパーニュ

コースに添えられた2種類のパンも、ウェルビーイングがテーマ。真っ黒なパンに練り込まれた竹炭には、カリウムやミネラルが含まれており、腸内環境の改善などのデトックス効果が期待できると言われている。一方のバケットカンパーニュに使われているライ麦には、現代人に不足しがちなビタミンやミネラルなどの栄養素が豊富に含まれている。

イベントの終盤には、持ち帰り用の袋が配布され、出席者からは「食べきれなかった美味しいパンやプティフールを持ち帰れて嬉しい。」との声が。

今回のイベントでは、それぞれの料理に合わせたドリンクのペアリングも提案。有機認証を受けたワインをはじめ、食品ロスのパンを使用したクラストラガーや、富山産のりんごと酵母だけで作った、プリン体・グルテンフリーのシードルなど、サステナブルな観点から選ばれたドリンクが提供された。

編集後記

今回のイベントで提供されたどのメニューにも両シェフならではの様々な工夫や技術、知識が詰め込まれており、参加者の「健康に良い食事というともの足りない印象があったが、どのお料理も素材本来の味を活かした丁寧な仕上がりで、美味しく満足感があった。美味しさとサステナビリティの共存が体感できた。」「スパイスやゆずなど程よい風味づけが素晴らしく、一皿ごとに様々な味のバリエーションを楽しめた。」「クリスタルタルトやBONEARTH野菜の冷前菜、タルト・タタンなど美味しいのはもちろん、ナイフを入れるのがためらわれるほど美しく、視覚的にも健康になった気分。」との声から、イベントのテーマである“ウェルビーイング”が実現していることがわかる。

2023年2月に発表されたSDGsに関する調査では、約4割の生活者が「SDGs関連の商品やサービスを購入・利用したい」と回答。近年の環境・社会課題に対する消費者意識の高まりに伴い、サステナビリティへの取り組みに積極的な企業の活動に共感し、その企業が提供する商品やサービスを購入することにより、自分自身も課題解決への貢献をしたいと考えている生活者が、今後さらに増えそうだ。

ザ・キャピトルホテル 東急では、今回の「サステナブル テーブル」の開催をはじめ、使い捨てプラスチックの削減、持ち帰りバッグの導入、ユニバーサルルームの設置、地域行事への協力など、さまざまな取り組みを行なっている。今後さらに取り組みを進めていく予定だという。世界中のラグジュアリーホテルやレストランを評価するトラベルガイド「フォーブス・トラベルガイド」で2年連続5つ星を獲得するなど、国際的な評価も高いザ・キャピトルホテル 東急。こうしたホテルがサステナビリティに真摯に取り組み、発信を続けていくことで、業界全体に大きな影響をもたらすことになりそうだ。

【関連記事】

食で地球の未来を拓く「サステナブル テーブル」第1章【イベントレポ】

【参照サイト】 ザ・キャピトルホテル 東急
【参照サイト】 【ザ・キャピトルホテル 東急】食で地球の未来を拓く「サステナブル テーブル」最終章
【参照サイト】 世界保健機関(WHO)憲章とは
【参照サイト】 生活者の約3割が、よりよい社会や環境の実現を意識した商品・サービス選択を実行

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table source 編集部では、サステナビリティやサーキュラーエコノミー(循環経済)に取り組みたいレストランやホテル、食にまつわるお仕事をされている皆様に向けて、国内外の最新ニュース、コラム、インタビュー取材記事などを発信しています。
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