2020年から始まった新型コロナウイルスの蔓延は、飲食店にかつてない打撃をもたらしている。帝国データバンクの調査によれば、2020年の飲食店の倒産件数は780件と過去最多となり、負債規模別で見ると、「5000 万円未満」が 620 件(構成比:79.5%)で最多となっていることから、大型の飲食店や居酒屋チェーンなどよりも、個人店なども含めた小規模な事業主がより苦しい立場に置かれていることが垣間見える。
いまだコロナが収まる兆しが見えない中で、飲食店はどのようにこの苦境に立ち向かっていけばよいのだろうか。その戦略を考えるうえで、改めて見直したいのが飲食店の「提供価値」だ。
そもそも飲食店はお客様に対してどのような価値を提供しているのだろうか。その価値を一つ一つ丁寧に分解していくと、コロナ禍を乗り切るための戦略のヒントが見えてくる。
飲食店の提供価値とは?
飲食店がお客様に提供できる価値は細かく挙げればきりがないし、店の特徴によっても異なってくるが、どの店にも共通する価値を分解すると、下記のようなものが挙げられる。
- 新鮮でおいしい食材へのアクセス
- おいしい料理を作るためのレシピ
- 自分では作れない、おいしい料理
- 心地よい快適な空間
- 店員や仲間とのコミュニケーション
飲食店とは、言ってみればこれらの価値を総合して提供する場所であり、これらの要素の掛け合わせによって飲食店が提供する付加価値が決まると言える。
独自のルートで新鮮でおいしい食材を安く仕入れ、それらを独自のレシピでおいしく調理し、出来立ての料理としてお客様の前に提供する。また、その料理を楽しむための快適で心地よい空間、食事を共にする人や店員とのコミュニケーションも大事な要素だ。
お客様は、これらの要素を掛け合わせることで生まれる価値に対して対価を払い、満足感を得てリピーターとなっていく。
しかし、新型コロナウイルスの影響で、これらの価値を同時に提供することが難しくなっているのが現状だ。そこで考えられるのが、これらの提供価値を一つ一つ切り離し、個別に提供していくという方法だ。ここでは、具体的な例も交えながら説明していく。
1. 新鮮でおいしい食材へのアクセス
コロナによる営業時間の短縮や三蜜を避ける行動により、お店の中で食事を楽しむ人は確実に減っている。これに対する一つの方法は、自分のお店で仕入れている新鮮な野菜や果物などを、調理せずにそのまま店内で販売してしまうという方法だ。実際に、コロナ禍において店内や店頭でマルシェを始めた店舗も増えている。
飲食店を訪れる人は減ったとしても、人々の1日3食という食事の回数が減ったわけではない。つまり、食材が最終的に口に運ばれるルートが飲食店からスーパーなどの小売店へと移っただけで、食べることそのものに対するニーズが減ったわけではないのだ。
そして、コロナにより外食を控え、自宅での自炊を増やしている人たちは、毎回同じ近所のスーパーに通い、同じ食材を買って料理をすることに飽きている。ここに、独自の仕入れルートを用いて生産者から新鮮な野菜やお肉、果物などを仕入れているお店にとっての商機がある。
スーパーではなかなか手に入らないようなユニークな産地の食材や、お店がこだわって生産者から直接仕入れている新鮮な野菜、果物、お肉などを販売することで、大きな収益は見込めないとしても、日頃からお世話になっている生産者の方を支援することはできるだろう。
2. おいしい料理を作るためのレシピ
いくら新鮮でおいしい食材を仕入れることができたとしても、それを誰もがおいしい料理へと調理できるわけではない。飲食店にとっては、食材をおいしい料理へと生まれ変わらせる独自のレシピや調理技術も、大きな付加価値の一つだ。
全てを公開することは難しいかもしれないが、レシピそのものを価値としてお客様に提供するというのも一つの方法だ。アメリカ・ニューヨークでは、コロナ真っ只中の昨年5月、ローカルな飲食店がレシピをウェブ上に公開し、ユーザーはそのお店に寄付するとレシピがダウンロードできる「Family Meal」というサービスが立ち上がった。
レシピをそのまま販売するのは難易度が高いかもしれないが、例えばオンラインのSNSなどを活用してクローズドなコミュニティをつくり、レシピの公開を通じてお客様と新たな関係をつくり、それをきっかけに食材の販売につなげたり、中長期のファンづくりにつなげたりすることはできる。「おいしい料理を作るノウハウ」にも価値があるということを再認識すると、新たなチャンスが見えてくる。
3. 自分では作れない、おいしい料理
飲食店を訪れるお客様がもっとも期待することは、やはり何と言っても時間的・能力的な制約により自分では作ることができないおいしい料理だろう。「おいしい料理」という価値は、何も店舗の中だけに閉じる必要はない。その最たる例はテイクアウトだ。テイクアウトは、どうすればお店で食べるのと同じかそれ以上のクオリティを味わってもらえるかという点を考え抜きながら調理方法や容器などをアレンジしていくことが重要だ。
また、最近では「ゴースト飲食店」と言われるように、客席を持たずに宅配を前提としたサービス形態も登場してきている。宅配サービスは手数料の高さなどの課題もあり、相性がよい商品ジャンルは限られるが、活用方法次第では貴重な収益源となる。
お客様にお店に来てもらい、そこで食べてもらうのか、それとも持ち帰ってもらい食べてもらうのか。はたまた、自らお客様のところに出向き、自宅で食べてもらうのか。自分のお店が提供するおいしい料理に、店舗以外にどこでどのようにアクセスしてもらうことができるのかを、店舗という枠組みを一度外してその点を柔軟に考えてみると、新たな料理提供スタイルにたどり着けるかもしれない。
4. 心地よい快適な空間
飲食店が提供してくれる心地よく快適な空間も、お客様の満足度を大きく左右する提供価値の一つだ。この空間をそのままサービスとして提供することもできる。最近ではランチやディナー以外の時間をコワーキングスペースとして使用できるように電源やwifi設備を整える店舗も増えており、リモートワーカーと空間を有効活用した飲食店をマッチングする「SPOTSPACE」のようなサービスも生まれている。
客席スペース以外にも、スペースのシェアリングプラットフォームを活用してキッチン設備を貸し出す店舗なども出てきている。自店舗の空間が持つ価値を様々な角度から見つめ直してみると、新たな収益源を見つけることもできる可能性がある。
5. 店員や仲間とのコミュニケーション
飲食店を訪れるお客様が楽しみにしているのが、食事をともにする仲間や、店員とのコミュニケーションだ。昨年のコロナ禍にはスコットランドのクラフトブルワリーBrewdogがオンラインバーをオープンして話題を呼んだが、お店に直接行けなかったとしても、店員や仲間とのコミュニケーションを楽しみたいという人のための場所をオンライン上に用意するというのは一つの有効な戦略だ。
FacebookやLINEなどのSNSグループやオンラインサロンなどを開設して常連のお客様とコミュニケーションをとれるグループをつくり、その中でお互いにコミュニケーションをとることで、様々なメリットが生まれる。お店への支援の意味も込めてそのコミュニティへの参加費用自体をもらうことも可能だし、参加自体は無料だとしても、その場でお店の商品を販売したり、次の集客につなげる告知をしたりすることもできる。
お店で料理を提供する人、される人という関係性を越え、地域の人々が食を通じて集い、楽しい時間を過ごせる場をともに守っていく仲間としてお客様との関係性を築き直していくことで、コロナ禍における短期だけではなく、長期的に考えても飲食店の経営にとってプラスになるコミュニティを醸成することができるのだ。
まとめ
いかがだろうか。上記のように、飲食店がお客様に提供できる価値を細かく分解していくと、実はそれぞれを切り出して提供することもできるということが分かる。ここで紹介したのはどの店舗にも共通する要素だが、当然ながら上記以外にも自分のお店ならではの価値があると思うので、コロナ禍における飲食店経営の突破口を見つけたい方は、まずは他店を真似たりする前に、自分のお店が持っている資産や強み、お客様に評価されているポイントをしっかりと洗い出してみるのがおすすめだ。
コミュニケーションが強みのお店は、コミュニティをオンラインに移行することで大きなビジネスチャンスが生まれるかもしれないし、生産者とのつながりや食材が強みのお店、空間が強みのお店などもあるだろう。
飲食店にとって、環境や社会のサステナビリティを配慮するためには、そもそも経済的にサステナブルな状態であることが欠かせない。そのためには、「飲食店とはお店で料理を調理し、提供する場所」だという常識を超えて柔軟な発想でお店のありかたを再定義していくことが重要だ。
コロナにより飲食店経営が大変な状況になっていることは間違いないが、「大変」とは、「大きく変わる」と書く。その文字通り、いまこそお店の在り方を大きく変え、よりサステナブルな経営へと変革するチャンスなのではないだろうか。