日本は地震・火山活動が多い国土だ。国土交通省によると、日本の国土面積は世界の0.25%という大きさながら、地震の発生回数は世界の18.5%と極めて高い割合を占めている。また、近年の気候変動により予期せぬ自然災害も増えている。気象庁は、世界の年平均気温が19世紀後半以降100年あたり0.72℃ の割合で上昇しているのに対し、日本では100年あたり1.19℃の割合で上昇しており、世界よりもペースが速いと報告している。日本における雨量の増加も顕著であり、国土交通省は、1日の降水量が200mm以上となる年間の日数は1901年から1930年の30年間と比べると、1990年から2019年は約1.7倍となっており、長期的に増加していると発表している。こうした気候変動が土砂災害や水害などの発生回数を増加させている。
気候変動を防止するためのさまざまな取り組みが起こり始めているが、一方で災害が起きた時の対応についても方針を立てておく必要がある。特に飲食店には火気や刃物、食器といった危険な備品が数多くあるため、地震や台風といった自然災害時には、けがや火事などの二次被害が発生しないように注意することが重要だ。そこで防災のプロである三井住友海上火災保険株式会社、金沢支店の一川(いちかわ)さんに災害時の対処法や普段の備えについてお話を伺った。
飲食店における災害のリスク把握について
Q.予期せぬ自然災害とはいえ、店舗が抱えるリスクを把握しておくことが必要ですよね。
一川さん:まずは立地地点でどのような災害が想定されているかを、自治体が公表するハザードマップで確認することが必要です。地震であれば防災科学技術研究所のJ-SHIS、洪水や土砂災害であれば国交省のハザードマップなど、Web上で簡単に調べられるシステムもあるので、ご活用いただきたいです。
日頃の備えについて
Q.まずは建物に関する日頃の備えについて教えてください。
一川さん:地震災害について、独立型の店舗では建物の適切な維持管理が重要となってきます。古い建物であれば耐震診断・補強がなされているか、また、屋根・外壁などの修繕を定期的に行っているかを確認する必要があります。施設の安全性について、災害が起きてからすぐに建築士などの専門家による調査を実施することは難しいので、施設職員自らで建物点検ができるよう、チェックリストなどを事前に準備をしておくとよいでしょう。
Q.2011年の東日本大震災以降、特に地震が増えているように感じます。飲食店が特に注意すべきこと何でしょうか。
一川さん:地震災害では、揺れにより建物・設備の直接的な被害が発生するほか、室内の什器類の転倒や食器類の落下によりお客さま・従業員の方が怪我をすることもあります。特に飲食店では、割れる恐れのあるガラス・陶器製の食器・瓶を厨房の吊戸棚など高い所に保管していることも多いと思います。戸棚に耐震ラッチを設置するなどの落下防止対策を行うことをおすすめします。
また、強い風や大雨などによっておこる風水害についても、近年大型の台風や線状降水帯による集中豪雨被害が各地で多発していますので、止水板や土嚢などの止水対策用品を準備しておくことも重要です。
Q.物資の備蓄などについてはどのようなものが必要ですか。
一川さん:大型商業施設にテナントとして入る飲食店では、災害時に一時的な避難として従業員が施設に留まる可能性もあるので、少なくとも水・食料・非常用トイレ・毛布(またはアルミブランケット)などの備蓄品を準備する必要があります。分量としては、電気は3日間、水道は1週間程度停止することを前提に、帰宅困難が想定される従業員の数に応じて準備するとよいでしょう。また、一時的に施設に近隣住民を受け入れる可能性がある場合には、受け入れ人数分も想定して準備しておく必要があります。
Q.飲食店では火気を多く使用するので火災も心配だと思います。火災の対策を教えてください。
一川さん:火を使用する設備または器具を設けた飲食店では、原則として、消火器の設置と点検・消防署への報告が義務化されているので、店舗に消火器が設置されているか、定期的に点検・報告されているかを確認する必要があります。また、火災報知器やガス検知器は電池切れになっていることも多いので、定期点検を行ったうえで、適切に改善していくことも考慮していただきたいです。それから、火災が発生したときに出火元以外の建物などに燃え広がる場合があります。延焼拡大を防ぐには初期消火が重要なので、消火器・消火栓の維持管理と訓練を通じて従業員が使用方法を熟知しておくことが欠かせません。
飲食店で起こる火災は厨房のガス機器を火元とするケースが多いです。このほかにも、排気ダクトに付着した油塵に引火して火災となるケースや、トラッキング火災(厨房内の電気機器のコンセント周辺に溜まった埃から発火する火災)も見られます。火元の管理を十分に行うとともに、ダクトやコンセント周りなども含めて、日頃から清掃・清潔を徹底することが、火災予防につながるといえます。
Q.日頃の訓練について、アドバイスをお願いします。
一川さん:大型商業施設では、定期的に防災訓練を実施しなければいけません。防災訓練には各店舗の店長など管理者だけでなく、パート・アルバイト含めた全従業員が参加するようにします。参加できなかった従業員にも訓練の内容や消火・避難時の注意点などについて周知することが重要です。
Q.保険の加入も備えのひとつですよね。
一川さん:多くの飲食店が火災保険に入られていると思いますが、その範囲を把握しておくとよいと思います。火災に対する保険はもちろん、最近増えてきている大雨による水害や、万が一に備えて休業保険についても検討するなど、定期的に見直すことも重要です。ただし、保険で全てはまかなえませんので、やはり日頃の備えはできる限り万全にしていただきたいです。
災害時の対処法について
Q.災害が発生すると慌ててしまうと思いますが、どのような行動を取るべきでしょうか。
一川さん:営業中に自然災害が発生した際には、まずはお客さま・従業員の安全確保が第一となります。地震災害の場合、火気を使用する飲食店では火災の発生も懸念されるので、消火器・消火栓を使って速やかな初期消火を行わなければなりません。その際のポイントとして、火の高さが身長以上になっている場合には初期消火が難しいため、速やかな避難を優先してください。それから、地震災害はもちろん、水災時にも周辺の交通機関が停止することによりお客さま・従業員が帰宅困難となる可能性があります。自治体などからの気象情報に加えて、バス・鉄道・道路など交通関連の情報も収集できるようにして、適切なタイミングで店舗の営業停止判断を行えるようにするとよいでしょう。
Q.多数の店舗を展開する企業が気をつけておくことはありますか。
一川さん:事業を継続させるために物的被害や人的被害を本社で早期に把握することが必要です。そのためには本社と各店舗を結ぶ通信連絡手段を複数確保しておくとよいでしょう。従業員の人的被害を早期に把握するためには安否確認システムを導入することをおすすめしています。
地域との連携について
Q.大規模な施設では帰宅困難者の受け入れを行う場合がありますよね。その際の注意点を教えてください。
一川さん:まず、施設が自治体と連携できる規模かどうかを確認する必要があります。「助けたい」という思いだけで行動してしまうと、かえってトラブルにつながる場合があるので、受け入れ可能な人数や備蓄など細部まで考えておかなければなりません。いざ受け入れるとなった場合には、施設の安全性が確保されているか、帰宅困難者に対応する従業員を十分に確保できるかどうかを検討する必要もあります。
Q.具体的にどのような支援をするのでしょうか。
一川さん:大型の商業施設などではBCP(事業継続計画)に自治体との協定を盛り込んでいる事例もあります。例えば、あるスーパーマーケットでは、災害時に水や食料などの物資を自治体に対して優先的に販売することを事前に協定で取り決めています。また、別の事例として、ある食品製造業者では、災害時に避難民に自社の製品を配布する取り決めをしています。このほかにも災害時の食品関連企業における自治体連携事例が農水省によりまとめられているので、参考にしてみてください。
三井住友海上が考えるサステナビリティ
三井住友海上火災保険株式会社では、新たなリスクを認識し、それに対する商品・サービスを提供することにより、常にお客さまに最大の安心を提供し続け、地域・国際社会の発展に貢献することを目指している。その中で、金沢支店では地元出身の社員ならではの発想で、「地域特有の課題」を考え、課題解決に向けた地域貢献活動“ゲンカツ”を実施している。その活動について一川さんに伺った。
Q.まず“ゲンカツ”の活動について教えてください。
一川さん:“ゲンカツ”とは元気・活力を組み合わせた造語です。ゲンカツは、2019年度にスタートした、北陸3県における弊社のCSV取り組みの一つで、SDGsの理念とも一致します。
Q.これまでにどのような取り組みをされてきましたか。
一川さん:大きく分けてA、Bの2チームがあります。Aチームでは、「高齢者」「子ども」「交流」「元気」をキーワードに「WEBでつながるリモートイベント」を開催しています。第一回目では、コロナ禍で家族との面会が減少したり、感染対策で施設のレクレーション自粛によって活力低下に悩まれるような高齢者介護施設に着目しました。「防災・交通安全をテーマにした〇×クイズ」を企画し、市内のリハビリ施設とリモートイベントを実施しました。施設利用者の方々にはリハビリを兼ねて「〇×」は手を使って表現していただくなどの工夫をしたところ、終始笑顔で回答してくださいました。第二回目には、市内の子ども園向けに「くるまのおいしゃさんを見てみよう」というリモート工場見学を企画し、自動車整備について学んでもらいました。普段は見ることのできない車の裏側や、重い車が機械によって持ち上げられる様子に驚きの声が寄せられました。
また、Bチームでは、その月々で起こりやすい災害をテーマとした「ゲンカツ防災通信」や、災害発生時に役立つ「防災カード」の発行を行なっています。これは、基本的には代理店さまや社員とそのご家族に配布しています。
「保険」というと構えてしまう方もいらっしゃると思いますが、身近なことをテーマとしたゲンカツを通して、皆さまに災害に対する備えについて考えるきっかけになればと考えています。
取材後記
万が一に備えて加入するのが保険であり、その仕組みを作っているのが三井住友海上などの保険会社だ。一川さんは「適切な保険に加入することで災害時に助けになることはありますが、全てをまかなえるわけではありません。心配は尽きないと思いますが、今できる備えを可能な限り準備しておいていただきたいと思います。」と話す。これからますます気候変動の緩和策が求められる一方で、適応策も重要視されている。今回のお話を参考に、「自分の身は自分で守る」という意識で改めて店舗の防災を見直すことも必要ではないだろうか。
【参照サイト】三井住友海上火災保険株式会社
【参考サイト】我が国を取り巻く環境変化|国土交通省
【参考サイト】日本の年平均気温偏差の経年変化|気象庁
【参照サイト】食品産業事業者における 緊急時に備えた取組事例集
このコラムはMS&ADインターリスク総研株式会社の監修のもと作成されました。